1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 17:54:33.41 ID:V7tjqA310
大都市に良くある高架の高速道路。
大多数の市民が移動するために使われるこの道路が、火花と爆音に彩られる。
赤い乗用車が大量の銃弾によって蜂の巣にされ、半瞬遅れて爆散。
貨物を運送するトラックの運転手が、何者かによって引きずりだされ、傍らのスクールバスが突然飛来したミサイルによって吹き飛ばされる。
丸い月が、空に浮かぶ夜。
よくある場所に、特異な光景。
地獄の縮図が、高速道路を闊歩する人影達によって描かれる。
人影達の名は――レプリロイド。
人間ではない。
死神でもない。
悪魔でもない。
人間によって、作業用、戦闘用、愛玩用、様々な願望と思惑によって作られた、人間を超えた基本性能を持つロボット。
そのレプリロイドが暴走した存在を、人々はイレギュラーと呼ぶ。
人の手に作られた、異端に堕ちた鋼の身が、人間達に向かって牙を向いた。
8 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:11:26.75 ID:V7tjqA310
「……酷い」
その光景を怯まず、臆さず、悲哀に満ちた瞳で見つめる青い影が居る。
『代理隊長。暴走したレプリロイドの数はなおも増え、事態は最悪の一途を辿っています』
人影の胸から、電子音で構成された声。
『市民の被害は不明です』
「一体、どうしてこんな事に? こんな大量にレプリロイドが暴走するなんて」
『原因は不明です』
人影の詰問に、電子音声の主は淡々と答えた。
「こちらの増援は? 救助の部隊はどうなっているんでしょう?」
『増援は未定。救助班は、ハチ型ヘリコプターによって全て撃墜されました。これの増援も未定です』
機械仕掛けのオペレーターは、抑揚無く最悪の事態を伝えた。
『やはり、君がやるしかないようだな』
無線機から流れる電子音が高い少女のものになる。
「……ライト博士」
人影は声の主の名を呼んだ。
『原因追求は後にしよう。今現在、13番高速道路は未曽有の事態に陥っている』
声の主――Dr.ライトは冷静に言葉を続ける。
9 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:13:40.69 ID:V7tjqA310
『この事態を打開するの者は、1人しか居ないと私は考えている』
「…………はい」
人影が自分の右腕に視線を落とす。
人間の腕を模された青き右腕は、ギミック音と共に砲台となった。
「人間を、人類を頼むぞ」
ライトは叫ぶ。
「了解!!」
―2―
炎が散りばめられ、余す所なく陥没した道路をエックスが駆ける。
疾走しながら、少年は辺りを見回すが、生存してる人間は居ない。
暴走しているレプリロイドの姿も無いところから、彼等は前進しながら破壊活動を行っているようだ。
四散した自動車を、落胆と憐憫を込めた視線をやるエックスの背に、爆音にも似たローター音が降りかかった。
「良かった……早い。――救助部隊だ!!」
頭を暗い空に向け、少年の顔が喜色に彩どる。
白でペイントされた救助ヘリが、エックスの頭上に浮かんでいた。
「ボクに続いて、生存者の救助を…………っ!?」
パイロットに向けて、無線を送るエックスの端正な顔が歪む。
救助ヘリの更に頭上を覆う形で、ホバリングする影をみとめたからだ。
11 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:18:54.90 ID:V7tjqA310
『軍事用ハチ型ヘリコプター――ビーブレイダーを確認』
オペレーターの声を最後まで聞かず、エックスは横へ跳んだ。
ハチ型ヘリは、真下に居る救助ヘリを邪魔だとばかりに体当たりし、接触した状態で前腕部に武装したバルカンを発射した。
真っ白なボディに、小気味良い音が弾け、連続して火花が散る。
回転翼は?がれ、ゆらゆらと揺れる救助ヘリが黒煙を上げた。
「やめてください!!」
エックスの怒声も虚しく、穴だらけになったヘリは、出鱈目に滑空しながら高架下へと墜落。
一瞬、夜空がぱっと明るくなり、半瞬後に爆炎を上げて散開した。
「………くっ!」
引き締められた口元から、憤りが吹き出る。
怒れるエックスを頭上から睥睨しているハチ型ヘリは、次の目標を少年にせず、下腹部に設置されたハッチを開放した。
開放され、降り落ちてくる影。
紅い単眼を顔に持つ、数十の人型レプリロイドだ。
彼らの着地を待たず、エックスはバスターを数度放つ。
いくつかのレプリロイドは空中で爆発したが、多数がエックスを囲むように着地した。
「あなた達は、自分が何をしているのか解っているんですか!?」
自分の周りを囲む人型に、エックスは叫んだ。
しかし、レプリロイド達はその声を無視し、じりじりと歩み寄って方陣を形成する。
13 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:24:51.10 ID:V7tjqA310
「憎むべき人間に、復讐を……」
レプリロイドの一人が呟いた。
「俺たちは、俺たちで、自由を……」
その右手側のレプリロイドも同調して、顎にあるスピーカーから言葉を吐き出す。
「俺たちは――」
囲む全ての人型が唱和した。
「人間の道具じゃない!」
――そして、掴みかかる。
『言語中枢に問題があります』
エックスは、敵と仲間、双方の声を聞きながら、背後に迫るレプリロイドの頭部を打ち抜いた。
頭部を失った人型が地面に落ちるより先に、左から迫る人影へチャージ無しのバスターを浴びせる。
仲間がやられても気にしない愚鈍なレプリロイドは、仲間の死体を踏み越えた。
エックスは舌打ちしながら、数度バスターを放ち、暴走する人型をスクラップに還る。
武装もしていないレプリロイド達は、一太刀も浴びせることなく地に沈んだ。
背後から急襲するレプリロイドが、鉄色の胸部に数個の風穴を空けられ、彼の死を最後に戦闘は終了した。
14 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:29:22.20 ID:V7tjqA310
「このレプリロイド、本当は土木用のなのに……」
独りでに呟くエックス。
元は同じレプリロイドだ。戦って気持ちの良いものではない。
『暴走する原因は不明のままです』
『感傷に浸る暇は無い。エックス、直ぐに破壊活動をしているイレギュラーを停止させてくれ』
今しがた戦闘をした数キロ先の高速道路に、辺りを揺るがす轟音が響いた。
「……了解」
エックスは疾走を再開し、現場へと向かった。
この辺りは複雑に入り組んでおり、二車線の道路が何重にも引かれ、一種の迷路となっている。
その迷路の端々で、非武装のイレギュラー等が陶然と立っていた。
「また……」
エックスは煮えきれぬ思いを胸に感じながら、レプリロイドがこちらに迫る前に射殺する。
上下左右に銃撃し続け、8匹目を処分したエックスの顔が、突如出現した影で曇った。
『ハチ型戦闘ヘリを確認』
闇の空から爆音。
ローター音と死を撒き散らす大型ヘリが、少年の真正面に現れた。
「救助ヘリの償いはしてもらいます!!」
エックスが駆ける。
その姿に多数のミサイルが向かった。ヘリに備えられた武装の一つ、ミサイルポッドである。
煙の尾を引きながら迫るミサイルに怯えず、エックスは走りながら銃撃。
見事ミサイルを打ち抜き、目標へ届く前に爆発した。
17 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:37:53.46 ID:V7tjqA310
ヘリとエックスの距離が狭まる。
ヘリは気にせず再度ミサイルを発射し、加えて二門のバルカンで弾幕を張った。
弧を描くミサイルはまたもや撃墜され、嵐のような弾幕は走り続けるエックスの身体に虚しく弾けるのみ。
更に距離がせまる。
分が悪いと悟ったのか、ヘリが急上昇しようとしたが、もう遅い。
ヘリの攻防を備えた銃撃に打ち勝ったエックスの青いボディが、ハチ型ヘリのコックピットまで飛び上がった。
「落ちろ!!」
エックスのバスターが輝く。
右腕の周囲に光が生じ、それは同時に極限まで収束した。
少年の武装に備わった機能――太陽エネルギーを溜め、膨大な威力の砲弾を撃ち放つ――チャージショットだ。
巨大な光弾はハッチ部分に直撃し、パイロットを操縦席ごと粉砕する。
操作を失うヘリは、自らが斃した救助ヘリと同じく、錐揉みしながら落下した。
巨体は高架にぶつかり爆発。
そして、エックスが道路に着地した。
『お見事。そうでなくてはな』
ライト博士の誇らしげな声が、エックスを賞賛した。
ヘリを撃墜したエックスは、現場へ急ぐ。
数分ほど駆け抜けると、巨大な駐車場が視界にひらけた。
19 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:42:16.93 ID:V7tjqA310
「……ここか」
『イレギュラー集団を確認』
駐車場の中央に、多数の人影が集まっている。
土木用などの非武装レプリロイドは、駆けつけたエックスを見ず、全て天空へ頭部に向けていた。
その行為に疑問を持つエックスに、答えは直ぐに来た。
――少年の上空からだ。
『なんて事だ……』
こわばるライトの声が胸から漏れたが、エックスの耳に届いたかは解らない。
『第7空挺旗艦デスログマーを確認』
鳥の要塞が舞い降りた。
「ヒャーッハッハァッ!!」
呆然とするエックスの前に、狂声を放つ影が現れる。
空高く浮かぶデスログマーから飛び出した、紫のカラーの装甲。
右肩に砲台を乗せた、異形の存在。
「……ヴァヴァ!?」
『元イレギュラーハンター第17特殊部隊所属、VAVAを確認』
エックスの沈痛な声に、パープルカラーのボディを着込む、ショートカットの少女の顔が喜悦に歪む。
21 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:47:33.33 ID:V7tjqA310
「よう、エックス」
ニタニタと笑みを浮かべ、少女――ヴァヴァは装甲のポケットに両手を入れながら小首を傾げた。
「元気にしてたかよ? え?」
人懐っこい声をかけながらも、狂気溢れる顔を貼り付けた少女は、エックスの周囲をくるくると回り始める。
「こんなとこで再開するとはなぁ。ラッキーだよ。ん? いや、ハッピーか」
『言語中枢に問題があります』
無線から声が聞こえるが、少年は完全に聞いていなかった。
「ヴァヴァ……なんでここに?」
エックスは掠れる声を上げ、任務中ということも忘れ、その場で立ち尽くす。
「幽閉されてた時は、寂しかったぜぇ。砂糖みたいに甘ちゃんの、可愛いお前に会えなかったし――」
ヴァヴァが回るのを止めた。
「――殺しができなかったしなぁ!!」
突然、少女の右肩が光り、拳大ほどある砲門がデスログマーの到着を待っていたレプリロイド達に向けられる。
連続する発射音。
エネルギーを弾丸にしたマシンガンが、微動だにしないイギュラーを蹂躙した。
ズタズタに引き裂かれるレプリロイド達。
仲間に攻撃されてるにも関わらず、彼らは機能停止するまで、黙したままエネルギーの洗礼を受けた。
「スッキリしたな。やったね」
破片だけの存在と化した集団から興味を無くし、ヴァヴァはエックスに向きなおる。
22 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:52:51.25 ID:V7tjqA310
「さて、次は……」
「どうして!?」
ヴァヴァの興奮に満ちた声を、少年の張りあげる叫びが打ち消した。
「どうして? いったい、どうして!? ヴァヴァが!!」
少年の言葉に、ヴァヴァはきょとんとする。
「んん?」
「一緒に戦ってきたヴァヴァが……何で。友達のはずのヴァヴァが……どうして」
「あぁ」
ヴァヴァが合点がいったような声を上げ、頷いた。
「お前、オレが?壊れた?事を知らないんだな。そうするとオレが本部に監禁された事もしらないんだろ? でも、なんでかな?」
「壊れた? 監禁された? 何を……何を言ってるの!?」
エックスは顔に手を当て、同僚の狂った近況報告に混乱する。
ヴァヴァとはあることを境に、疎遠となっていた。
同じ部隊に所属していながら、少年はそれ以来ヴァヴァの姿を見かけていない。
「オレはなぁ、殺しが、好きで好きでたまらなくなったんだよ」
ニタリとするヴァヴァ。
「理由はしらねぇ。原因は何かな? どうしてだろうなぁ。解らないねぇ」
侮蔑にもとれる、ヴァヴァの言葉。
そして、ますます混乱するエックス。仲間がイレギュラーとなる――そんな経験は、彼にとって初めてのことだった。
24 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 18:58:01.82 ID:V7tjqA310
「どうでも良いさ、そんな事。――好きになったものは仕方が無い。壊れた後、オレはすき放題やったさ」
「ヴァヴァ……」
「だが、本部はオレのささやかな趣味を容認しなかった。それで汚い牢獄へ」
摩天楼が並ぶ都市に、遠い目を向けてヴァッヴァが語る。
「そんでもって、ある計画が、あるある奴に聞いた。オレはそれに乗り、素敵な今の現状さ」
「計画?」
怪訝な顔をし、エックスが眉根を寄せた。
「レプリロイドのための世界を創造するだとよ。今、流行の新世界ってやつさ。漫画とかでよくあるだろ?」
ヴァヴァは丁寧にも答えを与えた。
「オレは、それにはどうでも良い。ノータッチだ。だが、人間や反抗分子は皆殺しにして良いと言われてなぁ」
今まで以上の、狂気の笑みを浮かべ、狂える少女――ヴァヴァが言う。
「そりゃあ乗るしかないだろぉ? ハッハッハッ……ヒャーハッハッハッハッハッハッ!!!」
「やめて、ヴァヴァ」
エックスが耐え切れなくなり、顔をヴァヴァから逸らした。
ヴァヴァも耐え切れなくなり、エックスを見つめながら笑いを上げ続ける。
「うん。オレにしてはよく喋った。疲れたし、お話はおしまい」
哄笑は長かったが、急にヴァヴァはそれを止めた。
右腕が上がり、自身の後頭部にかけられる。
25 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:03:29.65 ID:V7tjqA310
「次は殺し合いだろ? きっと楽しいだろうなぁ、お前とは」
跳ね下がるマスク。
これもまたパープルカラーのヘッドギアが、ヴァヴァの少女の顔を覆った。
「お前とは一度戦ってみたかった……ほんとだぜ? ――死にな、エックス」
同僚であり、少年の友人であるはずのヴァヴァは、少女特有の愛らしい声色で死の宣告を吐いた。
「ヴァヴァ!?」
仲間との戦闘に青ざめるエックスに、飛び上がったヴァヴァの膝が打ち込まれる。
腹部を押さえるエックスの側頭部に、鋭い回し蹴りが弧を描いて迫った。
回避することも忘れ、エックスはそれを受け、コマのように回転しながら吹き飛ぶ。
「あれれ? おかしいな、綺麗に決まってしまった。これじゃイジメじゃないか。これは詰まらない」
ヴァヴァは不思議そうに首を傾げ、倒れるエックスに踵を落とした。
「ぐっ……ヴァヴァ……」
背中の痛みに顔しかめるエックスに、苛烈な追い討ち。
ヴァヴァの爪先がすくい上げるように顎を蹴り飛ばし、エックスが空を舞った。
「こらこら、いい加減にしてよ。これじゃ、さっきのゴミと変わらない。ヴァヴァは失望しました」
落下するエックスの身体が地面に付く寸前に、ヴァヴァは青いボディへ向け、彼女の武装である砲台を放つ。
エネルギー弾によって、エックスの身体は加速し、数メートル先の道路でやっと着地した。
「優しいオレは、お前に選択肢をやろう。二つな」
「き、聞こうかな……」
エックスは息も絶え絶えに、しかし少しだけ微笑んでみせた。 戦わずに済む――少年のささやかな希望だ。
26 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:06:47.02 ID:V7tjqA310
ヴァヴァもにっこりとして頷き、指を二本立てた。
「一つは、オレと戦って死ぬ。グレイト! もう一つは、オレと戦わず嬲られて死ぬ。これは、あんまりお勧めしないかもな」
聞き届けたエックスも、震える指を一本立て、ヴァヴァに提案した。
「三つ目に、ボクとここで仲直りして、一緒に――っ!?」
エックスの顔面に素早く蹴りが入り、発言を阻害する。
「ごめんね、それは」
ヴァヴァは意外にも優しげな声を出し――
「つまらない!!」
吼えながら、右肩のマシンガンを放った。
倒れ伏すエックスが、解き放たれたエネルギーによって踊る。
ヴァヴァが好む死の舞踏だ。
数秒間続く掃射は、余すことなくエックスに突き刺さり、ブルーの装甲を引き剥がした。
『エックス!? エックス!? 応答しろ、ロック!!』
『隊長。装甲値が危険です。退避を』
悲痛と危険を知らせる報告の無線は、着弾音によって掻き消され、エックスの耳に届かない。
「なんとつまらない。これは非常につまらない」
ヴァヴァは、本当に失望したように首を振った。
27 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:12:34.31 ID:V7tjqA310
「馬鹿ドリ、オレのライドアーマーを投下しろ」
少女の薄い胸付近に装備された無線を使用して、上空の達観する要塞戦艦に命令した。
戦艦の巨大なハッチが直ぐに開き、落ちる大きな物量を持つ物体が、ヴァヴァの横手へ。
その影が、駐車場に乱立する照明によって露わになる。
「オレのお気に入りさ。知ってるだろ?」
土木作業用の二足型車両――ライドアーマー。
もともと兵器では無いが、二本のアームによる腕力は、ヴァヴァのサディスティックな喜びを満足させるには十分な玩具だ。
「失望させた礼と、お仕置きだ。良い子だが悪い子のお前を、地獄に送ってやろう」
甲高い駆動音を放ち、ライドアーマーの野太い両腕がエックスを掴みあげる。
「さようなら、ね。エックス……もし、もしオレが壊れてなかったらの話だけど、オレはお前のことを……」
けたたましい音に遮られ、少年はヴァヴァの独白を最後まで聞き取れない。
絶望を顔に滲ませたエックスは、そんな事にも気づかず、段々と締められるアームによる痛みさえも感じなかった。
「ヴァヴァ……」
『エックス!!』
ライトの叫びに呼応し、空間を妬き切って突き進んだのは何だったのか。
槍のように鋭いエネルギー弾が、ライドアーマーの丸太のような右腕を吹き飛ばした。
「お前……!」
突然の横槍に、ヴァヴァが静かな怒りの声を漏らした。
28 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:17:13.79 ID:V7tjqA310
「悪いな。楽しそうだったが、見ていられなかったんでな」
猫の耳のように飛び出したメット。
全身が真紅に染まる乱入者。
整えられた金色の長髪を持つ少女。
「特Aが何のようだぁ!? みれば解るだろ。オレは、こいつと楽しくやってるんだよ! 何様のつもりだ!!」
ヴァヴァはたたみかけるように、沸騰する不満をぶつけた。
「――えぇ!? ゼロ!!」
『ゼロ!! た、助かった……』
赤き少女の名はゼロ。
「よう、エックス。無事か?」
ふたりに名前を呼ばれた少女は、シニカルな笑みを満身創痍のエックスに投げかけた。
「遊びの時間は終わりだぜ、ヴァヴァ。今度は俺が相手だ」
「クソ猫が……調子付くなよ」
ゼロは打って変わり、ヴァヴァに鋭い視線を浴びせて、バスターの銃口を向けた。
対するヴァヴァは舌打ちし、残ったアームを振り上げる。
「だが……」
振り上げたが、そこでヴァヴァは呟いた。
29 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:23:14.70 ID:V7tjqA310
「オレは、ここまでは許可されていない。第一……時間切れだ」
「へぇ、そうかい。なら消えな。あのデカイのを引き下げて、今すぐに」
ゼロのバスターではない腕が、夜空をバックにした戦艦を指す。
「だが、今回はやむをえなく退くだけだ。次はお前も殺す。必ず、絶対に、解体してやる」
『言語中枢に問題があります』
凝縮した怨嗟の声にゼロは鼻を鳴らし、取り合おうとはしない。
「ヴァヴァ……。ゼロ?」
意識を取り戻したのか、エックスが苦痛に呻きながら起き上がろうとした。
慌ててゼロがその身を支え、ヴァヴァに向き直った。
「エックス……次にオレ達が会う日は、記念日になる。何の日か解るか?」
「下衆野郎が……」
真意を汲み取ったゼロが、自分の腕に抱かれる少年の代わりに答える。
「いかないで……ヴァヴァ。ボク達は……」
「再開の日が、お前の死刑執行の日になる。そうすれば、お前のAIチップはオレの物になる。ずぅぅぅっと。そう、ずっと一緒だ」
デスログマーが地表近くまで降下し、少女と巨体に向けハッチが開いた。
戦艦のエンジンは動いたままのため、辺りは激しい突風が吹き荒れる。
少女たちの髪はそろって乱され、ゼロは腕で己の顔をかばった。
「じゃあな」
ライドアーマーが飛び上がり、ヴァヴァは要塞へと格納された。
30 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:26:48.43 ID:V7tjqA310
「ヴァヴァ……」
「エックス? おい、エックス!? マジかよ……」
『エックス!? まずい、エックス!? エックス!?」
ハッチが閉まる寸前まで空に響いたヴァヴァの哄笑と、ゼロとライトの焦る声に包まれ、エックスは再度意識を失った。
―3―
「お前、良い奴だな。エックス」
「君はその甘さによってB級だが……私はそんな君の甘さは嫌いでは無いよ」
「……どうも……エックス」
「エックス、ありがとう。本当にありがとう」
「礼を言うぜ、エックス」
「感謝」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「死ね、イレギュラー」
「エックス!!!」
それは、一体誰の声だったのか。
エックスは跳ね起きて、ひどく醜悪な悪夢から覚醒した。
「エックス!? 良かった、もう目覚めないかと……」
両目に涙を溜めたライトの姿が、エックスのベッドの横に立っていた。
32 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:31:14.47 ID:V7tjqA310
「博士……」
声の正体はライト博士だったのか。そんなことを考えながら、エックスはベッドから這い出る。
「どのぐらい寝てたんでしょう……?」
辺りを見回しながら、エックスが尋ねた。
飾り気のない白い壁と、必要最低限だけの家具が視界に入る。
「ざっと、半日ぐらいかな。一時は危ないところだったんだぞ。いや良かった、本当に」
見回し、ここが自分の寝室だと解ったタイミングで、ライトが答えた。
「……半日」
ライトの言葉を吟味しながら、考え込むエックス。
「――イレギュラーは!? ヴァヴァは!? いったい、何がどうなってるんですか!?」
そして記憶がまとまったエックスは、ライトの両肩を掴み激しく詰問した。
「お、落ち着けエックス」
「落ち着いていられません!! なんとかしなきゃ……作戦というのは、どうなってるんですか!?」
肩を激しく揺らし、普段のエックスらしくなく声を荒げる。
「落ち着け……エックス」
逆にライトは、少年をなだめるよう声を静めた。
エックスははっと息を飲み、掴んでいた両腕を小さな肩から離す。
33 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:33:59.98 ID:V7tjqA310
「レプリロイドのための世界だな……。最悪な状況だよ。これを見てくれ」
ライトが言いつつ、近くにある端末を操作した。
部屋が暗闇に包まれた。
寝室の天井からスクリーンがせり出し、その向かい側の映写機から映像が投射される。
<第9レンジャー部隊>スティング・カメリーオ
<元第6艦隊所属>ランチャー・オクトパルド
<第17部隊所属特A級ハンター>スパーク・マンドリラー
<第17部隊所属特A級ハンター>ブーメル・クワンガー
<元第13極地部隊所属特A級ハンター>アイシー・ペンギーゴ
<元第4陸上部隊隊長>バーニン・ナウマンダー
<第7空挺部隊元隊長>ストーム・イーグリード
<第8機甲部隊元隊長>アーマー・アルマージ
ハンター着任当時の証明写真と共に、様々な顔が現れた。
全て、エックスと同じ職場――ハンターのレプリロイドだ。
面識がある者、ない者、友人、恩人、それらがスクリーンに描かれた。
「これは?」
エックスが、怪訝な顔してライトに振り返る。
34 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:38:28.66 ID:V7tjqA310
「まさか、今回の事件の被害者ですか!?」
「いいや…」
驚愕の顔と反対に、苦渋の顔したライトが否定する。
白衣の少女は、これから最悪の事態をエックスに告げなければならない。
――目前の少年にとって最悪な。
「……彼女らは、この事件を引き起こしているレプリロイドだ」
「…………は?」
顔を歪めて、エックスが聞き返した。――ライトの言葉が理解できない。
「本部は彼等をイレギュラーと認定した。彼女等は、君の――」
「博士?」
少年の顔には、怯えがあった。
「――敵だよ」
「う、そ……です、よね?」
ハンターイレギュラー。狩る者と狩られる者。
「残念ながら」
――排除すべきイレギュラーは、知る限り残り8体。
少年が好意を抱く彼女らは――恐るべき?世界の敵?となっていた。
next:Irregular's Elegy 2
37 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:51:37.53 ID:V7tjqA310
Irregular's Elegy 2
「状況は極めて最悪ですな」
様々な画面が浮かぶ部屋。
ハンター作戦会議室で、エックスとライトはお歴々の将軍や大臣と会見している。
「特A級の実力を持つレプリロイドが、イレギュラーに転じる……なんともこれは」
逞しい髭を持った将軍が、畏れのあまり言葉を切って嘆息した。
「事前にこのテロを察知する事は出来なかったのかね?」
「部隊長というのが痛いですな。情報部の網目をくぐったのでしょう」
長官の一人が、不愉快そうに顔を歪める。
「首謀者は誰かね?」
年長の将軍は手を挙げ、首を傾げた。彼の手には、紫煙が立ち昇ったパイプが握られている。
「不明だ。そういえば、牢獄に押し込んだはずのイカれロイドが抜け出したそうじゃないか? いったい、何のために給料を払っていると思っている」
答えた大臣が、嘲笑の目を他の将軍に向けた。
「それはこちらのセリフだ、穀潰し。要塞が使用され、街を破壊された責任は空挺だけでは無いぞ」
口々に言い合い、統制が取れない状況になりつつある会議室。
「――やめたまえ」
騒音響く、部屋を殷々とこだまする声が全てを制した。
「ケ、ケイン博士……」
唾を飛ばし、他の人間とレプリロイドを罵倒した将軍が竦みあがる。
38 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:54:27.90 ID:V7tjqA310
「ライト博士、そしてエックス君。高速道路での鎮圧作戦は、失敗に近いが良くやってくれた」
――Dr.ケイン。
老体であり、一博士でありながら、レプリロイドに関しての軍事会議に大きな発言権を持つ人物。
緩やかな銀髪を後ろに流す男、Dr.ケインが会議室に現れた。
「ハチ型ヘリコプターには、多大な被害が出ていた。これを撃破したのは評価すべきものがある」
ケインは目前のエックスを賞賛するが、当の少年は何がしかの感情によって顔を歪めているだけだ。
ライトもエックスの後ろに立ち、思案顔をしている。
「事態の状況の深刻さは、皆解っているようだな」
ケインは二人の態度に気にした風もなく、将軍達を見据えた。
「ケイン博士も揃いましたか。――では、みなさん。これから私達は……いや、人類はどうするべきかね」
「だから、私はレプリロイドを開発するなど……」
話をまとめようとする将軍を遮り、エックスの前でありながら、一人の大臣が差別的な発言をする。
「それは、私に対する侮辱かね!?」
それに憤ったのはエックスではなく、レプリロイドの将軍だった。
「……やはり、場所を選ぶべきだったな」
再び喧騒に包まれる会議室に、ケインは呆れるというよりはどこか達観した顔で呟いた。
39 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 19:57:56.26 ID:V7tjqA310
「エックス――」
達観した顔を、消沈したエックスに向けるケイン。
「今、君の心理状況がどんな状況なのかは解る」
エックスの顔色は何も変わらない。
「しかし、これは人類にとって非常に由々しき事態。これを解決するにはエックス、君の力が必要だ」
「友達に叩きのめされた、ボクがですか……?」
必要という単語に、エックスの肩が揺れる。
「ゼロに助けられなければ死ぬとこだった、この?ボク?がですか……?」
「エッ…クス…?」
ライトが疑問の声を上げた。
周囲の将軍も、何事かと言い合いを辞め、ケインとエックスの二人を注視する。
「冗談じゃない……! 冗談じゃない!!」
突然、エックスは頭を抱えながら叫びだした。
「……エックス?」
「ボク達。ボク達――レプリロイドは、イレギュラーから人類を守り、平和を築く為に作られた!!」
惚ける将軍達に向け、青いレプリロイドが吼える。
「世界中の危険な災害から、人間の家族を守る為に作られた!!」
感情のこもらない瞳をしたケインと驚愕するライトに、人から作られたヒトが声を張り上げた。
「でも、仲間を殺すためになんか作られていない!!!」
少年の憤激は収まらない。
誰もが無言になる会議室で、エックスは絶叫するように言い放つ。
40 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:01:35.60 ID:V7tjqA310
「――友人を、恩人を、同僚を、殺す為なんかに!!」
そして、会議室を飛び出した。
―2―
夜より暗い黒――漆黒の世界。
「ボクたちは、何の為に作られたの?」
そこで、エックスは自問する。
「俺たちは……」
闇の中で蹲る少年に、闇を掻き分けて現れるスクラップが声をかけた。
「人間の道具じゃない」
エックスが破壊したレプリロイドが集まる。
「――そうだろ?」
いつのまにか少年は、半壊した人型に周囲を囲まれていた。
――暗転。
「これは……夢なの?」
しとしと降る雨の中、エックスは高架の下で膝を抱えていた。
気だるげに現世に覚醒するエックス。
「覚めれば良かったのかな……? それとも」
ため息をつき、何度か頭を振る。
悪夢は消えたが、覚めた先も悪夢といえる状況だ。
44 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:04:54.35 ID:V7tjqA310
「ここに居ましたか!!」
顔を膝に沈めるエックスに、甲高い声がかかった。
「君は……?」
エックスは怪訝気味に答える。
「イレギュラーハンターの一人です! そ、それよりも大変なんです!」
分厚いボディスーツを着込んだ少女が、ポケットをまさぐった。
次に腕を取り出したときには、携帯型の端末が握られている。
「ついに、イレギュラーが行動を起こしたんです!」
少女が端末を操作すると、黒い画面が白一色に染まった。
「第13極地部隊が壊滅されたのは、聞いていますか?」
興奮気味に喋り、操作。次に現れる画像は、ドーム状の基地だった。
エックスは、それを疲れたように眺めた。
「元第13極地部隊のアイシー・ペンギーゴ率いるイレギュラー集団が、進軍しているんです!!」
「アイちゃん……」
「アイシー・ペンギーゴは、第13極地部隊長を消去した後、極地基地を乗っ取りました」
エックスの声は聞こえなかった少女が、エックスの顔色を確認せず報告していく。
「まずは極地から固めるとは、敵もやります。……い、いえ、駄目だけど。――とにかく彼等は、ちゃくちゃくと作戦をこなしているのでしょう」
しどろもどろになりながらも、少女は真面目に伝えた。
「それで……?」
「それで、って……いえ、あの。……はい?」
差し込まれた言葉が、少女のAIの処理能力を超えさせた。混乱――少女は、素っ頓狂に質問を質問でかえす。
47 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:09:11.42 ID:V7tjqA310
「それで、ボクにどうして欲しいの……?」
「すみません……エックスさん。仰ってる意味が……」
「アイシー・ペンギーゴを排除するの?」
ふらりと、エックスが立ち上がった。
その顔には全ての表情が消え、軍人がみせる非情さが滲んだ。
「え……。あの……エックス……さん?」
「やらせないよ。――消去なんか、絶対に駄目」
エックスは、一瞬にして右腕をバスターに変えた。
少女のハンターは、暴挙に小さく悲鳴を上げる。だが、それは少女には向けられず、雨を降らす曇天を指し示した。
「知らないだろうけど、アイちゃんはとっても良い子なんだ」
唐突に、ポツリと吐いたエックスの心情。思い出される、同僚の記憶。
「エックスさん……?」
「ナウマンダーさんとは、いつも喧嘩してるけど……氷の陶芸が好きな、背がちっちゃい良い子」
ブツブツと、薬物中毒者のように呟くエックス。
「きっと……」
そこで、エックスは我を取り戻したのか、顔色から険が取れた。
「きっと、話し合えば解る。だって友達だもの。仲間……ううん、友達だから」
自分に言い聞かせるように独白し、エックスは本部へ足をすすめる。
――その背中に、相手はイレギュラーですよとは、少女はついに言えなかった。
next:Irregular's Elegy 3
50 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:13:35.54 ID:V7tjqA310
Irregular's Elegy 3
――北極。
流氷がところ狭しと並ぶ、北極の海だ。
エックスを含むイレギュラーハンターの精鋭が、機種の違うハチ型のヘリに揺られて海上を突き進む。
「表体感覚は無いが、見てるだけで寒そうな光景だ……」
ヘリ内のハンターの一人がボディを震わせ、ぽつりと言った。
「第13極地部隊か……この悪条件で戦い続ける奴等だ。相当な腕なんだろうな」
「おそらく、な」
右隣のハンターが、感慨深げに呟いた。
ヘリに搭乗しているハンターはパイロットを除き7名。
エックスは無感情にハンター等を眺め、弧を描く視線が最後の一人とぶつかった。 報告してきた少女だ。
「…………」
視線が合った瞬間、少女はすぐさま顔を逸らす。
少女の表情には、高架下の事での居たたまれなさが浮かび、冷たい北極の光景がそれを映えさせた。
「到着まで、2分」
電子音を声色とするパイロットの警告が、待機スペースに鳴り響く。
その声に触発されたハンター達は身を引き締め、これから起こるであろう戦闘に緊張を高めた。
エックスだけは、違った意味での決意に表情が歪む。
52 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:18:06.53 ID:V7tjqA310
「アイちゃん……大丈夫だよね」
「――あなたが大丈夫ですか?」
他のハンターは聞こえなかったようだが、少女は聞きとがめたらしく、険しい表情でエックスを睨んだ。
エックスはそれを無視し、外へと極地基地に居るであろう仲間に思いを巡らす。
「到着まで、一分。各自、降下準備」
ハンター、少女、そしてエックス。
パイロットだけがなんの感情も思惑も無く、淡々と告げる。
真っ白な氷上は、広大なスケート場のよう。
ハチ型ヘリはイレギュラーの基地、極地基地の上空に迫る。
「――スタンバイ」
パイロットの言葉を皮切りに、ハンターたちは自身へロープを巻きつけた。
―2―
ハンターの最終目標である極地基地。
そのドーム中央に、一つの私室が築きあげらていた。
「む……む……駄目だ、これ」
ベッドしかない質素なその部屋で、小柄な少女が正面に鎮座する氷と格闘している。
「やっぱり……難しい……。もっと良い氷……どっかにないかな……」
世界樹を模した氷の陶芸を眺め、少女が首を振って嘆息した。
ドームの天窓から差す陽光が、少女の白い面と巨大な樹木の形をした氷を照らす。
53 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:21:49.50 ID:V7tjqA310
「ユグドラシルを……我が手には……失敗。クワックワ……残念だな」
傍目から見れば、非の打つところが無い芸術の塊に見えるのだが、少女はお気に召さなかったらしい。
「へんしーん……ペンギン……ボディ……」
少女は、これもまた小さな腕を後頭部にかけ、メットを引き下ろした。
ペンギン型の頭部。
彼女こそが元第13極地部隊の特A級ハンター、アイシー・ペンギーゴ。
「ショットガン……アイス……ババんと……」
メットに生えた嘴が、ペンギーゴの声に呼応して開かれる。
圧縮する空気の音。
――嘴の中には、銃口ととれるものが備えられていた。
銃口は、今しがたまで作成されいた世界樹に――
巨大な氷の芸術は、不思議な射出音と同時にバラバラとなって砕けた。
「芸術は……爆発……。火は……嫌いだけどね……」
キラキラと舞う氷の破片を視界に捉え続け、ペンギーゴは満足そうに頷く。
満足し、新たな陶芸をしようかと思案したペンギーゴに、音声だけの通信が入った。
「……何か? 残念だけど……わたし……多忙」
ペンギーゴは面倒臭そうに、それを受信する。
「黙るんだぞう!! 馬鹿ペンギン、オデは何度も通信したんだぞう!! なんで、通信にでねぇ!?」
通信先から、火山の噴火を思わす怒声が貫いた。
直ぐにその声の主が解り、ペンギーゴは顔をしかめる。
54 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:26:22.17 ID:V7tjqA310
「なんだ……馬鹿ゾウか。切るよ……」
本当に嫌なのか、渋い顔したままペンギーゴは通信を切ろうとした。
「おめぇ、なめてるなぁ!? もう許さねぇ!! 絶対に丸焼きだ!! 全焼!! 全焼させてやるぞう!!」
それを挑発と取った声の主は、更に声を荒げ、怒涛の勢いで怒鳴りつける。
「やかましい……。みみ……痛いよ」
ペンギーゴは両耳を押さ、怒声に耐えた。
「丸焼きだ!! ペンギン型のレプリロイドは、まだ燃やした事がねぇ!! 必ず燃やしてやるんだぞう!!」
「うるさい……戦闘狂……。用件を……はやく……言え……」
話が進ま上に鼓膜が破れそうになるので、ペンギーゴは仕方なく用件を促した。
「ゾウの……性癖は……理解……したよ? 早く……言って……ついでに……死んで。みんな……幸せに……なれる」
「お、おう!! そうだった!! ボスからの伝言が、オマエにあったんだ!!」
声は怒りから、反転。通信の相手は最初の用件に気付き、大声を出すのを止める。
「…………んー?」
「ハンターが、オマエが居る基地に向かってるそうだ!! オデは、ボスにペンギンに警告するように言われたんだぞう!!」
大音量の報告と同時に、基地外部に設置された侵入者用の警報機が警告音を鳴らした。
――壁にかけられる画面からは、ヘリコプターが接近しているとの表示がされている。
「……おせぇ。本当に……役に立たない……ゾウ」
ペンギーゴはため息を吐き、無線の隣に設置されたマイクで基地内部に警戒するよう命を下した。
「ああん!!?? なんか言ったかぁ、おめぇ!!!!! オデを馬鹿にしたのは解ったんだぞう!!」
「切る……ね……。早めに………永眠する事を……お勧めするよ。氷の価値は……お前の……体重より……重い……」
言いざま、ペンギーゴは騒音を断ち切った。
57 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:30:17.36 ID:V7tjqA310
―3―
空高くホバリングするヘリから、ロープを手に次々に降下するハンター達。
中央に基地が位置する氷原に、エックス達は降り立った。
「いよいよか。油断一つで命が無くなると思え。基地のボスが、元特Aハンターだった事を忘れるなよ」
ハンターの隊長格であるレプリロイドが、先んじて前進する。
残りのハンターがそれに追随した。
エックスは遅れて、自分の足取りで基地へと向かう。
基地へと向かう道中。
基地までの距離にして半分という所で、隊長が待ったをかけた。
「……隊長? どうかしましたか?」
ハンターの一人が尋ねる。しかし、隊長は微動だにせず待機し続けた。
「隊長?」
「しっ! ……何か音が」
ハンターの隊長が聴覚のレベルを上げ、周囲の音を拾おうとする。
「これは……?」
隊長がその?音?を発生させる存在に気付く前に、エックスは舌打ちして後ろへ跳び退がった。
――次の瞬間、ハンター達が固まっていた場所へ大量のエネルギー弾が強襲する。
事態に着いていけないハンターの一人が弾丸の嵐に晒され、頭部と身体に内包した機器をばら撒きながら絶命した。
60 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:36:14.57 ID:V7tjqA310
氷の上に、真紅が混ざる。
頭を失くしたハンターが崩れ、己から飛び出す血潮を押し倒した。
右隣のハンターも反応できずにエネルギーの直撃を受け、隣の同僚と同じ運命を辿る。
他のハンターも、腕やら肩に着弾し、うめき声を上げながら吹き飛んだ。
「こいつら……!」
エックスの反応より若干遅れて、横手の氷壁に逃げ込んだ隊長が悔しげに呻いた。
生き残ったハンター達の視線の先には、スケートブーツと軍用のエネルギー短機関銃を装備したレプリロイド達が、なめらかな滑りでこちらに迫る。
緩やかながら精細を放つ滑りを以て、ハンターに肉薄する敵はどこかユーモアを誘った。
音というのは、ブーツに備えられたエッジが氷を削る音だ。
敵のスケートを、悠然と見てる必要は無い――
手にした短機関銃を放ちながら、高速で移動するイレギュラーへ、エックスは無造作にバスターを放つ。
バスターは氷雪仕様のレプリロイドの脚部に着弾し、彼はもんどりを打って転倒した。
彼は立ち上がる事無く、続くバスターに撃ち抜かれる。
お互いの間合いまで、急接近するイレギュラー。
イレギュラー達は危険も省みず、至近距離で引き金を引きまくった。大きく広がる弾幕が、エックスの目前に迫る。
エックスは横に飛んでそれを回避し、身体を宙に投げながら射撃した。
三度放たれたバスターは、イレギュラーの胸部に炸裂。後ろに吹き飛びながら爆発し、氷原を赤く輝かせる。
二発目、三発目はその周囲にいたイレギュラーを貫き、まとめて爆散へと導いた。
63 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:42:09.40 ID:V7tjqA310
「やるな、ハンター!」
その横手のイレギュラーが短機関銃を捨て、腰のポーチから肉厚のあるブレードを引き抜く。
バスターを放った体勢のエックスへ接近し、手にするナイフを横に薙いだ。
エックスは首をかしげ、鼻先を掠めるそれを見送った。
お返しに、たたらを踏んだイレギュラーの頭部へバスターを浴びせる。
メットを被った頭部が柘榴のように弾け、火花を散らす首から下が地面に倒れた。
彼で最後のイレギュラーだったらしく、他に攻撃を仕掛けてくる者は居なくなった。
寒々しいまでの静けさが戻る。
「くそっ……! 基地に着く前に、これほどの被害を出すとはな」
罵声を吐く隊長の足元には、襲撃によって破壊されたハンター達が氷の上に沈んでいた。
「負傷した奴も加味すると、これ以上の進撃は無謀すぎるな」
隊長は項垂れ、仲間の死体の傍に座り込んだ。
その横で震える少女のハンターは、幸運に無傷だったらしい。
目の前にある悲劇。――だが、エックスは仲間の死に、どこか無頓着だった。
……知らない相手だから?
AIを貫いた声に、エックスは忌々しいとばかりに頭を振り、その声を打ち消す。
「あなた方は、待機していれば良い。ボクは、基地に向かいます」
「……何だと? 正気か、エックス」
「ちょっとした私用があるんです。――行っても?」
目線を上げ、少年の顔を見つめる隊長は信じられないという顔をした。
67 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:47:27.98 ID:V7tjqA310
「自殺行為だ」
あまりの無謀さに笑うしかない――隊長の口元は極限状態故か、乾いた笑みに象る。
「……では、失礼」
隊長の笑みを気にせず、エックスは言葉短く言い捨て、だんだんと輪郭を大きくする基地へと向かった。
―4―
「氷は……世界に……存在するもので……一番……美しい……」
ペンギーゴは私室を埋める氷を一つ一つずつ手に取り、どこか寂寥を感じる視線を送る。
「でも……同じく……美しいものを……知ってしまった……」
小さな手に握られる氷が、突如砕けた。
ダイヤモンドの破片を思わせる氷の欠片が、花火のように舞い散る。
「それは……生きる……者の…………」
常時、暗く沈んでいるペンギーゴの顔が歪んだ。
「………死」
その顔は、ヴァヴァなどが持つ狂気の笑み。
行き着くところに行き着いてしまった、異端の笑顔。 ――幼い姿をしていても、彼女はイレギュラーなのだ。
「……だから、美しき死を美しい氷の棺で閉じ込める」
ペンギーゴの頬が上気し、青く澄んだ瞳が興奮に揺れる。
「……これが、わたしの芸術。芸術への探究心の果て……」
彼女は、両手を陽光が眩しい天井に掲げた。
68 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 20:53:09.98 ID:V7tjqA310
祈るように。
――何かに、祈るように。
「これは、わたしの中にあるバグ? 狂気? 解らないけど……」
自問しながら、ペンギーゴは小首を傾げる。
「エックスの死が……私は欲しいな……」
彼女は、監視カメラに映る青く優しいレプリロイドに、薄く微笑んだ。
―5―
外部と極地基地を繋ぐ巨大なゲートは、とても分厚い。
エックスは警戒もせず歩み寄り、ゲートに向けバスターを突き出した。
「大丈夫……きっと、大丈夫」
呟き、バスターに力を込めた。拡散、そして銃口に収束する光の粒子。
バスターのエネルギーは最大まで高められ――エックスがそれを解放する。
太陽エネルギーから作られた強力なチャージショットは、唸りを上げてゲートの中央に着弾した。
一瞬、周囲の空間全体が歪められ、射線上の全ての物が破砕させられた。
ゲートに巨大な風穴が開き、基地内部へ侵入する道を作りあげる。
エックスは一人頷き、大穴から中へと進んだ。
73 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:02:42.45 ID:V7tjqA310
雪と同じ色をした、廊下が続く基地内部。
エックスはゆっくりと前進し、基地の中に存在するドームへ。
「侵入者を確認。――警告します。ここはハンターに属する極地部隊の基地です。直ちに、退去しなさい」
しかし、当然ながら、イレギュラーもエックスを只では進ませないようだ。
「ボクは、アイちゃんに用があるんです……。邪魔しないで」
不機嫌な顔をするエックスに、盾と拳銃で武装した数名のレプリロイドが立ちはだかった。
「攻撃的反応を確認。ハンターの権利に準じ、あなたを排除します」
一番前に位置したイレギュラーが、警告もそこそこにエックスへ肩から突進する。
ジョーシリーズの恩恵を受けた強化盾ごとエックスに体当たりし、青いボディを吹き飛ばそうとする。
「邪魔をするなと言ってるでしょう!」
エックスは、体当たりの寸前に射撃した。
全てを跳ね返すはずの盾を紙のように引き裂き、イレギュラーのボディにも着弾する。
解体しながら舞うジョーを尻目に、エックスは前方で隊列を組むイレギュラー達に疾走した。
放たれるバスター。
同じく、ジョー達は太陽エネルギーに蹂躙される。
突き進みながら、銃撃するエックス。その突進を止める事が出来ずに、破壊されるイレギュラー達。
「どいて!」
身体の半分を盾で覆い、腕だけを出してエネルギー弾を放つジョーの一人が、上半身を消失させられた。
消去されたジョーの後方にいたイレギュラーが壁を蹴り、エックスの死角まで飛び上がると同時に、盾による殴打を放つ。
76 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:09:24.93 ID:V7tjqA310
鈍いを纏った一撃はエックスの頭部に向かったが、到達する前にジョーの方が吹き飛び、身近な壁へと激突した。
エックスの鋭い回し蹴りが、それを成したのだ。
「いい加減にしてください!! ボクは、アイちゃんと話し合いがしたいだけなのに!」
エックスの叫びが、続いて向かってくるイレギュラーのメットにぶつかった。
だが、ジョーの進行は止まらない。
彼らは黙々と前進し、一つしかない瞳を輝かせて銃撃する。
「どうして……」
意図せず、エックスの口からど声が漏れた。
エックスはやりきれない思いに苦悩しつつ、バスターを放ち続ける。
――前進しながらの攻防。
どのくらい戦ったのだろうか。
真っ白だった廊下は大量の弾痕と撒き散らされたオイル、そしてイレギュラーの死体でひどく汚れていた。
隊長の私室――作戦司令室を設えたドームへ向かう長い廊下も、終わりが近づいている。
これまでに談話室や通信室、娯楽室などの軍事基地によくある設備を見かけたが、どれもエックスの興味を誘うものは無かった。
同僚と過ごした過去への残滓を求めているのか――エックスの瞳には、ドームへの扉しか映らない。
回転式ハッチが付けられた鋼鉄の扉が、気圧の圧縮と思われる音と共に開かれる。
一気にひらける視界。
スケートリンク場のような広さを備えたアイシー・ペンギーゴの部屋が、エックスの目の前に現れた。
77 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:17:29.01 ID:V7tjqA310
「アイちゃん……?」
エックスはどこか恐縮するように、彼女の名を呼んだ。
「……よくきたね」
子供のように身体を小さくしたエックスへ、暗く沈んだ声がかけられる。
陰鬱な声だ。
だが、その声と懐かしさ――そして続いて現れたペンギーゴの姿にエックスは涙が出そうになった。
「ア、アイちゃん……。ボクね、ボク――」
気丈にも滲み出た涙を拳で拭き、エックスは自分の目的を伝えようと駆け寄った。
「良い……手際だけど……それは……ここまで」
そのエックスを、ペンギーゴの言葉が縫いとめる。
エックスはギョッとした表情をし、彼女の言葉の冷たさに、歩むのを止めざるをえなかった。
「ア、イ……ちゃ……ん」
声を震わせ、身体を震わせ、エックスは愕然とペンギーゴを見やる。
「この基地を……やすやすと……あけわたす……わけには………いかないよ?」
仁王立ちするペンギーゴは、エックスの反応など介せず、そう宣言した。
『元第13極地部隊所属特A級ハンター、アイシー・ペンギーゴを確認』
エックスの希望は無残にも、握り潰された氷のように砕け散った。
80 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:22:43.18 ID:V7tjqA310
―6―
エックスとペンギーゴの出会いは、微笑ましいものではなかった。
「えーと……な、なんて、呼べばいいかな?」
「…………は?」
「な、名前だよ、名前」
「言ってる……意味が……いっさい……解らない……」
「だ、だって仲間でしょ? その、あの、仲良く……したい……したくないかな?」
「メンテ……受けたら? AIに……問題が……あるよ……」
よくある光景。ハンター同士の殺伐とした応酬。
「…………どうして?」
「ど、どうしてって、危なかったからだよ。あんな砲火の下で、無茶な……」
無下に扱われないとしたら、そこは死と隣り合わせの戦場だろう。
そこでなら、連携のため任務のため、同僚としての反応が得られる。
「かばう……意味が……解らない……。わたし……寒冷地用。――装甲……おまえより……分厚いよ?」
「うぅー、解ってたけどさぁ……」
エックスはどこでも彼女を気にかけていた。
82 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:28:40.58 ID:V7tjqA310
「だったら……なんで……」
「気付いたら、飛び出してたの!! 女の子が、もう無茶な事しないで! うぅー」
「おん……な……の……こ?」
世界は、とてもではないが平和ではなかった。
「おい……。なまえ……なんとでも……よべ」
「名前? あ、あぁ……。――え!? ほんとに!?」
「……お好きに」
「嬉しいな。んー……じゃぁ、ペンちゃん? 可愛くないかな?」
「死んで……しまえ……」
「ご、ごめんなさい!! えー、えー、えっと、えっと、何だろ。あ、あ、あ……アイちゃん。アイちゃんはどうかな?」
「理由……のべて……」
「り、理由!? えー、えーと、アイシーを略した……から?」
「略す……意味が……解らない。…………処刑」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! え、えっとね、えー、えーと。あ、愛らしいから? ね? その、か、可愛いし……」
「………………」
「す、すいません! ご、ごめんなさい! ……ほんとに、ごめんね?」
「馬鹿……でしょ……お前……。でも……でも……うん」
「どうも……エックス」
それでも愛情や、友情は抱かれる。――それが人間でも、機械の身だとしても。
85 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:34:17.96 ID:V7tjqA310
―7―
「アイちゃん……ボクは戦いに来たんじゃない!」
『無線の回路が故障していました。自動修復により、現在から使用可能』
私室の壇上から、ペンギーゴがドームに降り立つ。
エックスは悲痛な声を上げながらも、身構えた。
暗く幼い少女の顔を覆うように、ペンギーゴのメットが下がる。
『アイシー・ペンギーゴの武装データが不十分です。氷塊による遠距離攻撃が判明していますが、他は不明です』
「やめて! アイちゃん!!」
『様々な状況に対応できるよう、注意を怠らないで下さい』
エックスが叫ぶ。
彼は手を突き出し、ペンギーゴを抱きしめようとした。
そして、奇妙な音ともに氷の塊を打ち出される。
エックスは慌てて身を捻り、寸前で回避した。
今しがた居た場所が、ショットガンアイスによって抉り取られる。
更にエックスは地へ飛び込む形で横転して、連続して発射される氷塊を避けた。
ただの氷だが、亜音速に匹敵するスピードで射出されれば、その存在は脅威だ。
避けつつも、一度立ち上がり、エックスは近くにあったドームの支柱を確認した。
頭の脇を凄まじい音を立てて氷が通過するのを無視し、支柱に逃げ込んでそこを背にした。
87 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:39:41.40 ID:V7tjqA310
「くっ! アイちゃん!!」
柱から少しだけ顔を出し、射撃するのを止めないペンギーゴを伺う。
直ぐに頭をひっこめるエックス。
次の瞬間、ドームを支える支柱の端が砕け散った。
「どうして、ボク達が戦うのさ!?」
支柱から飛び出し、ドームを駆けるエックス。
無論、戦術的に有利なポジションを探すのではなく、回避に専念してるだけだ。 彼には戦う意思が無かった。
走るエックスの足元を追うように、ショットガンアイスが列を成して炸裂する。
「どうしてなんだ! どうしてこんな事に!!」
エックスは真正面にある壁を蹴り、高みへと逃走した。
だが、壁を蹴る動作が唐突に止まる。
エックスの頭上――ドームの天井に一抱えほどの胴回りを持つ氷柱が、いくつも屹立している事に気付いたからだ。
ペンギーゴのメットから除く口元が笑みを浮かべる。
そして、彼女は地面を力いっぱい踏みしめた。
ドーム全体に響き渡る轟音。
まるでシャンデリアのような氷柱が、死の抱擁をするべくエックスに向かって落下する。
逃げ切れずに巻き込まれ、エックスは氷柱と仲良く地面へ叩きつけられた。
決して軽くはない重量と衝撃に、エックスが呻く。
それでも身体に鞭打ち、彼は立ち上がろうとした。
89 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:44:50.05 ID:V7tjqA310
少年の頑張りを賞賛したのは、宝石のような氷塊。
立ち上がるエックスの腹部にぶち当たり、慣性の法則にしたがって壁へと吹き飛んだ。
『様々―状―況に対応―き―よう、注―を怠らな―で下―さい』
今ので無線が壊れたのか、咎めるような警告は途切れ途切れに受信された。
「ア、イ……ちゃん」
「戦わなきゃ…………死ぬよ? 良いの……?」
ペンギーゴが質問しながらも、ショットガンアイスを放つ。
それは、エックスの目前で炸裂。
外したと思いきや、着弾の瞬間に氷塊が爆散した。散弾銃の要領で、5つ氷の破片がエックスに突き刺さる。
「どうして……さ……」
血まみれのエックスは掠れる声で、疑問を搾り出した。彼に怒りなどなく、ただただ悲しかった。
「見て……エックス……」
それに応え、ペンギーゴは地面をまた踏みしめた。
轟音。
しかし、今度は氷柱の落下ではなく、ドーム中央に巨大な氷の塊が地面から突き出る。
「わたしの……芸術……」
顔を上げるエックス。
少年は、記念碑もしくは棺桶のような巨大な氷塊を見た。
「…………あ」
氷の墓石には、第13極地部隊の面々が封じ込められていた。 みな苦悶の表情を固められ、もがく体勢のまま動かない。
93 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:48:56.19 ID:V7tjqA310
『生体―応は確認―きません。全―すでに―機能―止し―いま―』
「…………綺麗でしょ」
更に目を凝らすと、エックスと共に来たハンター達までもが、氷墓の死者として眠っていた。
「待機して……たん……じゃ……なかったの?」
「エックスの……仲間……? エックスが……来るまで……暇……だったから。――だから……ね」
悪びれるふうも無く、ペンギーゴは淡々と告げる。
死者には、あの少女のハンターも含まれていた。
エックスはそれを見て、彼女の死よりもペンギーゴが、それを成した事が信じれなかった。
「こんな酷い事をするなんて……! アイちゃんじゃないよ!!」
「そう……だね……」
意外にも、エックスの言葉にペンギーゴは同意した。
「でも……ね。エックスが……知ってるのは……昔の……わたし」
ペンギーゴはエックスの襟首を掴むと、氷塊の墓石まで引きずる。
「今の……わたしは……エックスの……しらない………わたし」
自嘲するように呟き、倒れ伏すエックスの顔の前にしゃがみ込むと、自分の顔を近づけた。
少年の鼻先で、幼い顔が停止する。
その白い面には、どこまでも暗い微笑があった。雪の白さを強調するほどの暗い笑みだ。
94 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:50:13.22 ID:5EDtkVeW0
「会えるまで、長かった……ね」
メットを引き上げた、ペンギーゴの瞳には暗く冷たい絶望が揺らめいている。
「アイ……ちゃん?」
「……生物の死が美しいなんて、知りたくなかった」
唐突に、ポツリと、本当に小さくポツリと彼女は呟いた。
「エックスと……会えなかった……間……」
呟きから、声色はどろどろとしたヘドロのように絡みつく声となる。
エックスが不穏な予兆を感じ取り、怯えるように身体を竦めた。
「何があったかを……教えてあげる……」
これが冗談で済めば、どんなに少年は安堵しただろう。
そしてどんなに感謝しただろう。
だが、感謝する相手は、とりあえずこの世界にはいない。
大都市に良くある高架の高速道路。
大多数の市民が移動するために使われるこの道路が、火花と爆音に彩られる。
赤い乗用車が大量の銃弾によって蜂の巣にされ、半瞬遅れて爆散。
貨物を運送するトラックの運転手が、何者かによって引きずりだされ、傍らのスクールバスが突然飛来したミサイルによって吹き飛ばされる。
丸い月が、空に浮かぶ夜。
よくある場所に、特異な光景。
地獄の縮図が、高速道路を闊歩する人影達によって描かれる。
人影達の名は――レプリロイド。
人間ではない。
死神でもない。
悪魔でもない。
人間によって、作業用、戦闘用、愛玩用、様々な願望と思惑によって作られた、人間を超えた基本性能を持つロボット。
そのレプリロイドが暴走した存在を、人々はイレギュラーと呼ぶ。
人の手に作られた、異端に堕ちた鋼の身が、人間達に向かって牙を向いた。
「……酷い」
その光景を怯まず、臆さず、悲哀に満ちた瞳で見つめる青い影が居る。
『代理隊長。暴走したレプリロイドの数はなおも増え、事態は最悪の一途を辿っています』
人影の胸から、電子音で構成された声。
『市民の被害は不明です』
「一体、どうしてこんな事に? こんな大量にレプリロイドが暴走するなんて」
『原因は不明です』
人影の詰問に、電子音声の主は淡々と答えた。
「こちらの増援は? 救助の部隊はどうなっているんでしょう?」
『増援は未定。救助班は、ハチ型ヘリコプターによって全て撃墜されました。これの増援も未定です』
機械仕掛けのオペレーターは、抑揚無く最悪の事態を伝えた。
『やはり、君がやるしかないようだな』
無線機から流れる電子音が高い少女のものになる。
「……ライト博士」
人影は声の主の名を呼んだ。
『原因追求は後にしよう。今現在、13番高速道路は未曽有の事態に陥っている』
声の主――Dr.ライトは冷静に言葉を続ける。
『この事態を打開するの者は、1人しか居ないと私は考えている』
「…………はい」
人影が自分の右腕に視線を落とす。
人間の腕を模された青き右腕は、ギミック音と共に砲台となった。
「人間を、人類を頼むぞ」
ライトは叫ぶ。
「了解!!」
―2―
炎が散りばめられ、余す所なく陥没した道路をエックスが駆ける。
疾走しながら、少年は辺りを見回すが、生存してる人間は居ない。
暴走しているレプリロイドの姿も無いところから、彼等は前進しながら破壊活動を行っているようだ。
四散した自動車を、落胆と憐憫を込めた視線をやるエックスの背に、爆音にも似たローター音が降りかかった。
「良かった……早い。――救助部隊だ!!」
頭を暗い空に向け、少年の顔が喜色に彩どる。
白でペイントされた救助ヘリが、エックスの頭上に浮かんでいた。
「ボクに続いて、生存者の救助を…………っ!?」
パイロットに向けて、無線を送るエックスの端正な顔が歪む。
救助ヘリの更に頭上を覆う形で、ホバリングする影をみとめたからだ。
『軍事用ハチ型ヘリコプター――ビーブレイダーを確認』
オペレーターの声を最後まで聞かず、エックスは横へ跳んだ。
ハチ型ヘリは、真下に居る救助ヘリを邪魔だとばかりに体当たりし、接触した状態で前腕部に武装したバルカンを発射した。
真っ白なボディに、小気味良い音が弾け、連続して火花が散る。
回転翼は?がれ、ゆらゆらと揺れる救助ヘリが黒煙を上げた。
「やめてください!!」
エックスの怒声も虚しく、穴だらけになったヘリは、出鱈目に滑空しながら高架下へと墜落。
一瞬、夜空がぱっと明るくなり、半瞬後に爆炎を上げて散開した。
「………くっ!」
引き締められた口元から、憤りが吹き出る。
怒れるエックスを頭上から睥睨しているハチ型ヘリは、次の目標を少年にせず、下腹部に設置されたハッチを開放した。
開放され、降り落ちてくる影。
紅い単眼を顔に持つ、数十の人型レプリロイドだ。
彼らの着地を待たず、エックスはバスターを数度放つ。
いくつかのレプリロイドは空中で爆発したが、多数がエックスを囲むように着地した。
「あなた達は、自分が何をしているのか解っているんですか!?」
自分の周りを囲む人型に、エックスは叫んだ。
しかし、レプリロイド達はその声を無視し、じりじりと歩み寄って方陣を形成する。
「憎むべき人間に、復讐を……」
レプリロイドの一人が呟いた。
「俺たちは、俺たちで、自由を……」
その右手側のレプリロイドも同調して、顎にあるスピーカーから言葉を吐き出す。
「俺たちは――」
囲む全ての人型が唱和した。
「人間の道具じゃない!」
――そして、掴みかかる。
『言語中枢に問題があります』
エックスは、敵と仲間、双方の声を聞きながら、背後に迫るレプリロイドの頭部を打ち抜いた。
頭部を失った人型が地面に落ちるより先に、左から迫る人影へチャージ無しのバスターを浴びせる。
仲間がやられても気にしない愚鈍なレプリロイドは、仲間の死体を踏み越えた。
エックスは舌打ちしながら、数度バスターを放ち、暴走する人型をスクラップに還る。
武装もしていないレプリロイド達は、一太刀も浴びせることなく地に沈んだ。
背後から急襲するレプリロイドが、鉄色の胸部に数個の風穴を空けられ、彼の死を最後に戦闘は終了した。
「このレプリロイド、本当は土木用のなのに……」
独りでに呟くエックス。
元は同じレプリロイドだ。戦って気持ちの良いものではない。
『暴走する原因は不明のままです』
『感傷に浸る暇は無い。エックス、直ぐに破壊活動をしているイレギュラーを停止させてくれ』
今しがた戦闘をした数キロ先の高速道路に、辺りを揺るがす轟音が響いた。
「……了解」
エックスは疾走を再開し、現場へと向かった。
この辺りは複雑に入り組んでおり、二車線の道路が何重にも引かれ、一種の迷路となっている。
その迷路の端々で、非武装のイレギュラー等が陶然と立っていた。
「また……」
エックスは煮えきれぬ思いを胸に感じながら、レプリロイドがこちらに迫る前に射殺する。
上下左右に銃撃し続け、8匹目を処分したエックスの顔が、突如出現した影で曇った。
『ハチ型戦闘ヘリを確認』
闇の空から爆音。
ローター音と死を撒き散らす大型ヘリが、少年の真正面に現れた。
「救助ヘリの償いはしてもらいます!!」
エックスが駆ける。
その姿に多数のミサイルが向かった。ヘリに備えられた武装の一つ、ミサイルポッドである。
煙の尾を引きながら迫るミサイルに怯えず、エックスは走りながら銃撃。
見事ミサイルを打ち抜き、目標へ届く前に爆発した。
ヘリとエックスの距離が狭まる。
ヘリは気にせず再度ミサイルを発射し、加えて二門のバルカンで弾幕を張った。
弧を描くミサイルはまたもや撃墜され、嵐のような弾幕は走り続けるエックスの身体に虚しく弾けるのみ。
更に距離がせまる。
分が悪いと悟ったのか、ヘリが急上昇しようとしたが、もう遅い。
ヘリの攻防を備えた銃撃に打ち勝ったエックスの青いボディが、ハチ型ヘリのコックピットまで飛び上がった。
「落ちろ!!」
エックスのバスターが輝く。
右腕の周囲に光が生じ、それは同時に極限まで収束した。
少年の武装に備わった機能――太陽エネルギーを溜め、膨大な威力の砲弾を撃ち放つ――チャージショットだ。
巨大な光弾はハッチ部分に直撃し、パイロットを操縦席ごと粉砕する。
操作を失うヘリは、自らが斃した救助ヘリと同じく、錐揉みしながら落下した。
巨体は高架にぶつかり爆発。
そして、エックスが道路に着地した。
『お見事。そうでなくてはな』
ライト博士の誇らしげな声が、エックスを賞賛した。
ヘリを撃墜したエックスは、現場へ急ぐ。
数分ほど駆け抜けると、巨大な駐車場が視界にひらけた。
「……ここか」
『イレギュラー集団を確認』
駐車場の中央に、多数の人影が集まっている。
土木用などの非武装レプリロイドは、駆けつけたエックスを見ず、全て天空へ頭部に向けていた。
その行為に疑問を持つエックスに、答えは直ぐに来た。
――少年の上空からだ。
『なんて事だ……』
こわばるライトの声が胸から漏れたが、エックスの耳に届いたかは解らない。
『第7空挺旗艦デスログマーを確認』
鳥の要塞が舞い降りた。
「ヒャーッハッハァッ!!」
呆然とするエックスの前に、狂声を放つ影が現れる。
空高く浮かぶデスログマーから飛び出した、紫のカラーの装甲。
右肩に砲台を乗せた、異形の存在。
「……ヴァヴァ!?」
『元イレギュラーハンター第17特殊部隊所属、VAVAを確認』
エックスの沈痛な声に、パープルカラーのボディを着込む、ショートカットの少女の顔が喜悦に歪む。
「よう、エックス」
ニタニタと笑みを浮かべ、少女――ヴァヴァは装甲のポケットに両手を入れながら小首を傾げた。
「元気にしてたかよ? え?」
人懐っこい声をかけながらも、狂気溢れる顔を貼り付けた少女は、エックスの周囲をくるくると回り始める。
「こんなとこで再開するとはなぁ。ラッキーだよ。ん? いや、ハッピーか」
『言語中枢に問題があります』
無線から声が聞こえるが、少年は完全に聞いていなかった。
「ヴァヴァ……なんでここに?」
エックスは掠れる声を上げ、任務中ということも忘れ、その場で立ち尽くす。
「幽閉されてた時は、寂しかったぜぇ。砂糖みたいに甘ちゃんの、可愛いお前に会えなかったし――」
ヴァヴァが回るのを止めた。
「――殺しができなかったしなぁ!!」
突然、少女の右肩が光り、拳大ほどある砲門がデスログマーの到着を待っていたレプリロイド達に向けられる。
連続する発射音。
エネルギーを弾丸にしたマシンガンが、微動だにしないイギュラーを蹂躙した。
ズタズタに引き裂かれるレプリロイド達。
仲間に攻撃されてるにも関わらず、彼らは機能停止するまで、黙したままエネルギーの洗礼を受けた。
「スッキリしたな。やったね」
破片だけの存在と化した集団から興味を無くし、ヴァヴァはエックスに向きなおる。
「さて、次は……」
「どうして!?」
ヴァヴァの興奮に満ちた声を、少年の張りあげる叫びが打ち消した。
「どうして? いったい、どうして!? ヴァヴァが!!」
少年の言葉に、ヴァヴァはきょとんとする。
「んん?」
「一緒に戦ってきたヴァヴァが……何で。友達のはずのヴァヴァが……どうして」
「あぁ」
ヴァヴァが合点がいったような声を上げ、頷いた。
「お前、オレが?壊れた?事を知らないんだな。そうするとオレが本部に監禁された事もしらないんだろ? でも、なんでかな?」
「壊れた? 監禁された? 何を……何を言ってるの!?」
エックスは顔に手を当て、同僚の狂った近況報告に混乱する。
ヴァヴァとはあることを境に、疎遠となっていた。
同じ部隊に所属していながら、少年はそれ以来ヴァヴァの姿を見かけていない。
「オレはなぁ、殺しが、好きで好きでたまらなくなったんだよ」
ニタリとするヴァヴァ。
「理由はしらねぇ。原因は何かな? どうしてだろうなぁ。解らないねぇ」
侮蔑にもとれる、ヴァヴァの言葉。
そして、ますます混乱するエックス。仲間がイレギュラーとなる――そんな経験は、彼にとって初めてのことだった。
「どうでも良いさ、そんな事。――好きになったものは仕方が無い。壊れた後、オレはすき放題やったさ」
「ヴァヴァ……」
「だが、本部はオレのささやかな趣味を容認しなかった。それで汚い牢獄へ」
摩天楼が並ぶ都市に、遠い目を向けてヴァッヴァが語る。
「そんでもって、ある計画が、あるある奴に聞いた。オレはそれに乗り、素敵な今の現状さ」
「計画?」
怪訝な顔をし、エックスが眉根を寄せた。
「レプリロイドのための世界を創造するだとよ。今、流行の新世界ってやつさ。漫画とかでよくあるだろ?」
ヴァヴァは丁寧にも答えを与えた。
「オレは、それにはどうでも良い。ノータッチだ。だが、人間や反抗分子は皆殺しにして良いと言われてなぁ」
今まで以上の、狂気の笑みを浮かべ、狂える少女――ヴァヴァが言う。
「そりゃあ乗るしかないだろぉ? ハッハッハッ……ヒャーハッハッハッハッハッハッ!!!」
「やめて、ヴァヴァ」
エックスが耐え切れなくなり、顔をヴァヴァから逸らした。
ヴァヴァも耐え切れなくなり、エックスを見つめながら笑いを上げ続ける。
「うん。オレにしてはよく喋った。疲れたし、お話はおしまい」
哄笑は長かったが、急にヴァヴァはそれを止めた。
右腕が上がり、自身の後頭部にかけられる。
「次は殺し合いだろ? きっと楽しいだろうなぁ、お前とは」
跳ね下がるマスク。
これもまたパープルカラーのヘッドギアが、ヴァヴァの少女の顔を覆った。
「お前とは一度戦ってみたかった……ほんとだぜ? ――死にな、エックス」
同僚であり、少年の友人であるはずのヴァヴァは、少女特有の愛らしい声色で死の宣告を吐いた。
「ヴァヴァ!?」
仲間との戦闘に青ざめるエックスに、飛び上がったヴァヴァの膝が打ち込まれる。
腹部を押さえるエックスの側頭部に、鋭い回し蹴りが弧を描いて迫った。
回避することも忘れ、エックスはそれを受け、コマのように回転しながら吹き飛ぶ。
「あれれ? おかしいな、綺麗に決まってしまった。これじゃイジメじゃないか。これは詰まらない」
ヴァヴァは不思議そうに首を傾げ、倒れるエックスに踵を落とした。
「ぐっ……ヴァヴァ……」
背中の痛みに顔しかめるエックスに、苛烈な追い討ち。
ヴァヴァの爪先がすくい上げるように顎を蹴り飛ばし、エックスが空を舞った。
「こらこら、いい加減にしてよ。これじゃ、さっきのゴミと変わらない。ヴァヴァは失望しました」
落下するエックスの身体が地面に付く寸前に、ヴァヴァは青いボディへ向け、彼女の武装である砲台を放つ。
エネルギー弾によって、エックスの身体は加速し、数メートル先の道路でやっと着地した。
「優しいオレは、お前に選択肢をやろう。二つな」
「き、聞こうかな……」
エックスは息も絶え絶えに、しかし少しだけ微笑んでみせた。 戦わずに済む――少年のささやかな希望だ。
ヴァヴァもにっこりとして頷き、指を二本立てた。
「一つは、オレと戦って死ぬ。グレイト! もう一つは、オレと戦わず嬲られて死ぬ。これは、あんまりお勧めしないかもな」
聞き届けたエックスも、震える指を一本立て、ヴァヴァに提案した。
「三つ目に、ボクとここで仲直りして、一緒に――っ!?」
エックスの顔面に素早く蹴りが入り、発言を阻害する。
「ごめんね、それは」
ヴァヴァは意外にも優しげな声を出し――
「つまらない!!」
吼えながら、右肩のマシンガンを放った。
倒れ伏すエックスが、解き放たれたエネルギーによって踊る。
ヴァヴァが好む死の舞踏だ。
数秒間続く掃射は、余すことなくエックスに突き刺さり、ブルーの装甲を引き剥がした。
『エックス!? エックス!? 応答しろ、ロック!!』
『隊長。装甲値が危険です。退避を』
悲痛と危険を知らせる報告の無線は、着弾音によって掻き消され、エックスの耳に届かない。
「なんとつまらない。これは非常につまらない」
ヴァヴァは、本当に失望したように首を振った。
「馬鹿ドリ、オレのライドアーマーを投下しろ」
少女の薄い胸付近に装備された無線を使用して、上空の達観する要塞戦艦に命令した。
戦艦の巨大なハッチが直ぐに開き、落ちる大きな物量を持つ物体が、ヴァヴァの横手へ。
その影が、駐車場に乱立する照明によって露わになる。
「オレのお気に入りさ。知ってるだろ?」
土木作業用の二足型車両――ライドアーマー。
もともと兵器では無いが、二本のアームによる腕力は、ヴァヴァのサディスティックな喜びを満足させるには十分な玩具だ。
「失望させた礼と、お仕置きだ。良い子だが悪い子のお前を、地獄に送ってやろう」
甲高い駆動音を放ち、ライドアーマーの野太い両腕がエックスを掴みあげる。
「さようなら、ね。エックス……もし、もしオレが壊れてなかったらの話だけど、オレはお前のことを……」
けたたましい音に遮られ、少年はヴァヴァの独白を最後まで聞き取れない。
絶望を顔に滲ませたエックスは、そんな事にも気づかず、段々と締められるアームによる痛みさえも感じなかった。
「ヴァヴァ……」
『エックス!!』
ライトの叫びに呼応し、空間を妬き切って突き進んだのは何だったのか。
槍のように鋭いエネルギー弾が、ライドアーマーの丸太のような右腕を吹き飛ばした。
「お前……!」
突然の横槍に、ヴァヴァが静かな怒りの声を漏らした。
「悪いな。楽しそうだったが、見ていられなかったんでな」
猫の耳のように飛び出したメット。
全身が真紅に染まる乱入者。
整えられた金色の長髪を持つ少女。
「特Aが何のようだぁ!? みれば解るだろ。オレは、こいつと楽しくやってるんだよ! 何様のつもりだ!!」
ヴァヴァはたたみかけるように、沸騰する不満をぶつけた。
「――えぇ!? ゼロ!!」
『ゼロ!! た、助かった……』
赤き少女の名はゼロ。
「よう、エックス。無事か?」
ふたりに名前を呼ばれた少女は、シニカルな笑みを満身創痍のエックスに投げかけた。
「遊びの時間は終わりだぜ、ヴァヴァ。今度は俺が相手だ」
「クソ猫が……調子付くなよ」
ゼロは打って変わり、ヴァヴァに鋭い視線を浴びせて、バスターの銃口を向けた。
対するヴァヴァは舌打ちし、残ったアームを振り上げる。
「だが……」
振り上げたが、そこでヴァヴァは呟いた。
「オレは、ここまでは許可されていない。第一……時間切れだ」
「へぇ、そうかい。なら消えな。あのデカイのを引き下げて、今すぐに」
ゼロのバスターではない腕が、夜空をバックにした戦艦を指す。
「だが、今回はやむをえなく退くだけだ。次はお前も殺す。必ず、絶対に、解体してやる」
『言語中枢に問題があります』
凝縮した怨嗟の声にゼロは鼻を鳴らし、取り合おうとはしない。
「ヴァヴァ……。ゼロ?」
意識を取り戻したのか、エックスが苦痛に呻きながら起き上がろうとした。
慌ててゼロがその身を支え、ヴァヴァに向き直った。
「エックス……次にオレ達が会う日は、記念日になる。何の日か解るか?」
「下衆野郎が……」
真意を汲み取ったゼロが、自分の腕に抱かれる少年の代わりに答える。
「いかないで……ヴァヴァ。ボク達は……」
「再開の日が、お前の死刑執行の日になる。そうすれば、お前のAIチップはオレの物になる。ずぅぅぅっと。そう、ずっと一緒だ」
デスログマーが地表近くまで降下し、少女と巨体に向けハッチが開いた。
戦艦のエンジンは動いたままのため、辺りは激しい突風が吹き荒れる。
少女たちの髪はそろって乱され、ゼロは腕で己の顔をかばった。
「じゃあな」
ライドアーマーが飛び上がり、ヴァヴァは要塞へと格納された。
「ヴァヴァ……」
「エックス? おい、エックス!? マジかよ……」
『エックス!? まずい、エックス!? エックス!?」
ハッチが閉まる寸前まで空に響いたヴァヴァの哄笑と、ゼロとライトの焦る声に包まれ、エックスは再度意識を失った。
―3―
「お前、良い奴だな。エックス」
「君はその甘さによってB級だが……私はそんな君の甘さは嫌いでは無いよ」
「……どうも……エックス」
「エックス、ありがとう。本当にありがとう」
「礼を言うぜ、エックス」
「感謝」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」「エックス」
「死ね、イレギュラー」
「エックス!!!」
それは、一体誰の声だったのか。
エックスは跳ね起きて、ひどく醜悪な悪夢から覚醒した。
「エックス!? 良かった、もう目覚めないかと……」
両目に涙を溜めたライトの姿が、エックスのベッドの横に立っていた。
「博士……」
声の正体はライト博士だったのか。そんなことを考えながら、エックスはベッドから這い出る。
「どのぐらい寝てたんでしょう……?」
辺りを見回しながら、エックスが尋ねた。
飾り気のない白い壁と、必要最低限だけの家具が視界に入る。
「ざっと、半日ぐらいかな。一時は危ないところだったんだぞ。いや良かった、本当に」
見回し、ここが自分の寝室だと解ったタイミングで、ライトが答えた。
「……半日」
ライトの言葉を吟味しながら、考え込むエックス。
「――イレギュラーは!? ヴァヴァは!? いったい、何がどうなってるんですか!?」
そして記憶がまとまったエックスは、ライトの両肩を掴み激しく詰問した。
「お、落ち着けエックス」
「落ち着いていられません!! なんとかしなきゃ……作戦というのは、どうなってるんですか!?」
肩を激しく揺らし、普段のエックスらしくなく声を荒げる。
「落ち着け……エックス」
逆にライトは、少年をなだめるよう声を静めた。
エックスははっと息を飲み、掴んでいた両腕を小さな肩から離す。
「レプリロイドのための世界だな……。最悪な状況だよ。これを見てくれ」
ライトが言いつつ、近くにある端末を操作した。
部屋が暗闇に包まれた。
寝室の天井からスクリーンがせり出し、その向かい側の映写機から映像が投射される。
<第9レンジャー部隊>スティング・カメリーオ
<元第6艦隊所属>ランチャー・オクトパルド
<第17部隊所属特A級ハンター>スパーク・マンドリラー
<第17部隊所属特A級ハンター>ブーメル・クワンガー
<元第13極地部隊所属特A級ハンター>アイシー・ペンギーゴ
<元第4陸上部隊隊長>バーニン・ナウマンダー
<第7空挺部隊元隊長>ストーム・イーグリード
<第8機甲部隊元隊長>アーマー・アルマージ
ハンター着任当時の証明写真と共に、様々な顔が現れた。
全て、エックスと同じ職場――ハンターのレプリロイドだ。
面識がある者、ない者、友人、恩人、それらがスクリーンに描かれた。
「これは?」
エックスが、怪訝な顔してライトに振り返る。
「まさか、今回の事件の被害者ですか!?」
「いいや…」
驚愕の顔と反対に、苦渋の顔したライトが否定する。
白衣の少女は、これから最悪の事態をエックスに告げなければならない。
――目前の少年にとって最悪な。
「……彼女らは、この事件を引き起こしているレプリロイドだ」
「…………は?」
顔を歪めて、エックスが聞き返した。――ライトの言葉が理解できない。
「本部は彼等をイレギュラーと認定した。彼女等は、君の――」
「博士?」
少年の顔には、怯えがあった。
「――敵だよ」
「う、そ……です、よね?」
ハンターイレギュラー。狩る者と狩られる者。
「残念ながら」
――排除すべきイレギュラーは、知る限り残り8体。
少年が好意を抱く彼女らは――恐るべき?世界の敵?となっていた。
next:Irregular's Elegy 2
Irregular's Elegy 2
「状況は極めて最悪ですな」
様々な画面が浮かぶ部屋。
ハンター作戦会議室で、エックスとライトはお歴々の将軍や大臣と会見している。
「特A級の実力を持つレプリロイドが、イレギュラーに転じる……なんともこれは」
逞しい髭を持った将軍が、畏れのあまり言葉を切って嘆息した。
「事前にこのテロを察知する事は出来なかったのかね?」
「部隊長というのが痛いですな。情報部の網目をくぐったのでしょう」
長官の一人が、不愉快そうに顔を歪める。
「首謀者は誰かね?」
年長の将軍は手を挙げ、首を傾げた。彼の手には、紫煙が立ち昇ったパイプが握られている。
「不明だ。そういえば、牢獄に押し込んだはずのイカれロイドが抜け出したそうじゃないか? いったい、何のために給料を払っていると思っている」
答えた大臣が、嘲笑の目を他の将軍に向けた。
「それはこちらのセリフだ、穀潰し。要塞が使用され、街を破壊された責任は空挺だけでは無いぞ」
口々に言い合い、統制が取れない状況になりつつある会議室。
「――やめたまえ」
騒音響く、部屋を殷々とこだまする声が全てを制した。
「ケ、ケイン博士……」
唾を飛ばし、他の人間とレプリロイドを罵倒した将軍が竦みあがる。
「ライト博士、そしてエックス君。高速道路での鎮圧作戦は、失敗に近いが良くやってくれた」
――Dr.ケイン。
老体であり、一博士でありながら、レプリロイドに関しての軍事会議に大きな発言権を持つ人物。
緩やかな銀髪を後ろに流す男、Dr.ケインが会議室に現れた。
「ハチ型ヘリコプターには、多大な被害が出ていた。これを撃破したのは評価すべきものがある」
ケインは目前のエックスを賞賛するが、当の少年は何がしかの感情によって顔を歪めているだけだ。
ライトもエックスの後ろに立ち、思案顔をしている。
「事態の状況の深刻さは、皆解っているようだな」
ケインは二人の態度に気にした風もなく、将軍達を見据えた。
「ケイン博士も揃いましたか。――では、みなさん。これから私達は……いや、人類はどうするべきかね」
「だから、私はレプリロイドを開発するなど……」
話をまとめようとする将軍を遮り、エックスの前でありながら、一人の大臣が差別的な発言をする。
「それは、私に対する侮辱かね!?」
それに憤ったのはエックスではなく、レプリロイドの将軍だった。
「……やはり、場所を選ぶべきだったな」
再び喧騒に包まれる会議室に、ケインは呆れるというよりはどこか達観した顔で呟いた。
「エックス――」
達観した顔を、消沈したエックスに向けるケイン。
「今、君の心理状況がどんな状況なのかは解る」
エックスの顔色は何も変わらない。
「しかし、これは人類にとって非常に由々しき事態。これを解決するにはエックス、君の力が必要だ」
「友達に叩きのめされた、ボクがですか……?」
必要という単語に、エックスの肩が揺れる。
「ゼロに助けられなければ死ぬとこだった、この?ボク?がですか……?」
「エッ…クス…?」
ライトが疑問の声を上げた。
周囲の将軍も、何事かと言い合いを辞め、ケインとエックスの二人を注視する。
「冗談じゃない……! 冗談じゃない!!」
突然、エックスは頭を抱えながら叫びだした。
「……エックス?」
「ボク達。ボク達――レプリロイドは、イレギュラーから人類を守り、平和を築く為に作られた!!」
惚ける将軍達に向け、青いレプリロイドが吼える。
「世界中の危険な災害から、人間の家族を守る為に作られた!!」
感情のこもらない瞳をしたケインと驚愕するライトに、人から作られたヒトが声を張り上げた。
「でも、仲間を殺すためになんか作られていない!!!」
少年の憤激は収まらない。
誰もが無言になる会議室で、エックスは絶叫するように言い放つ。
「――友人を、恩人を、同僚を、殺す為なんかに!!」
そして、会議室を飛び出した。
―2―
夜より暗い黒――漆黒の世界。
「ボクたちは、何の為に作られたの?」
そこで、エックスは自問する。
「俺たちは……」
闇の中で蹲る少年に、闇を掻き分けて現れるスクラップが声をかけた。
「人間の道具じゃない」
エックスが破壊したレプリロイドが集まる。
「――そうだろ?」
いつのまにか少年は、半壊した人型に周囲を囲まれていた。
――暗転。
「これは……夢なの?」
しとしと降る雨の中、エックスは高架の下で膝を抱えていた。
気だるげに現世に覚醒するエックス。
「覚めれば良かったのかな……? それとも」
ため息をつき、何度か頭を振る。
悪夢は消えたが、覚めた先も悪夢といえる状況だ。
「ここに居ましたか!!」
顔を膝に沈めるエックスに、甲高い声がかかった。
「君は……?」
エックスは怪訝気味に答える。
「イレギュラーハンターの一人です! そ、それよりも大変なんです!」
分厚いボディスーツを着込んだ少女が、ポケットをまさぐった。
次に腕を取り出したときには、携帯型の端末が握られている。
「ついに、イレギュラーが行動を起こしたんです!」
少女が端末を操作すると、黒い画面が白一色に染まった。
「第13極地部隊が壊滅されたのは、聞いていますか?」
興奮気味に喋り、操作。次に現れる画像は、ドーム状の基地だった。
エックスは、それを疲れたように眺めた。
「元第13極地部隊のアイシー・ペンギーゴ率いるイレギュラー集団が、進軍しているんです!!」
「アイちゃん……」
「アイシー・ペンギーゴは、第13極地部隊長を消去した後、極地基地を乗っ取りました」
エックスの声は聞こえなかった少女が、エックスの顔色を確認せず報告していく。
「まずは極地から固めるとは、敵もやります。……い、いえ、駄目だけど。――とにかく彼等は、ちゃくちゃくと作戦をこなしているのでしょう」
しどろもどろになりながらも、少女は真面目に伝えた。
「それで……?」
「それで、って……いえ、あの。……はい?」
差し込まれた言葉が、少女のAIの処理能力を超えさせた。混乱――少女は、素っ頓狂に質問を質問でかえす。
「それで、ボクにどうして欲しいの……?」
「すみません……エックスさん。仰ってる意味が……」
「アイシー・ペンギーゴを排除するの?」
ふらりと、エックスが立ち上がった。
その顔には全ての表情が消え、軍人がみせる非情さが滲んだ。
「え……。あの……エックス……さん?」
「やらせないよ。――消去なんか、絶対に駄目」
エックスは、一瞬にして右腕をバスターに変えた。
少女のハンターは、暴挙に小さく悲鳴を上げる。だが、それは少女には向けられず、雨を降らす曇天を指し示した。
「知らないだろうけど、アイちゃんはとっても良い子なんだ」
唐突に、ポツリと吐いたエックスの心情。思い出される、同僚の記憶。
「エックスさん……?」
「ナウマンダーさんとは、いつも喧嘩してるけど……氷の陶芸が好きな、背がちっちゃい良い子」
ブツブツと、薬物中毒者のように呟くエックス。
「きっと……」
そこで、エックスは我を取り戻したのか、顔色から険が取れた。
「きっと、話し合えば解る。だって友達だもの。仲間……ううん、友達だから」
自分に言い聞かせるように独白し、エックスは本部へ足をすすめる。
――その背中に、相手はイレギュラーですよとは、少女はついに言えなかった。
next:Irregular's Elegy 3
Irregular's Elegy 3
――北極。
流氷がところ狭しと並ぶ、北極の海だ。
エックスを含むイレギュラーハンターの精鋭が、機種の違うハチ型のヘリに揺られて海上を突き進む。
「表体感覚は無いが、見てるだけで寒そうな光景だ……」
ヘリ内のハンターの一人がボディを震わせ、ぽつりと言った。
「第13極地部隊か……この悪条件で戦い続ける奴等だ。相当な腕なんだろうな」
「おそらく、な」
右隣のハンターが、感慨深げに呟いた。
ヘリに搭乗しているハンターはパイロットを除き7名。
エックスは無感情にハンター等を眺め、弧を描く視線が最後の一人とぶつかった。 報告してきた少女だ。
「…………」
視線が合った瞬間、少女はすぐさま顔を逸らす。
少女の表情には、高架下の事での居たたまれなさが浮かび、冷たい北極の光景がそれを映えさせた。
「到着まで、2分」
電子音を声色とするパイロットの警告が、待機スペースに鳴り響く。
その声に触発されたハンター達は身を引き締め、これから起こるであろう戦闘に緊張を高めた。
エックスだけは、違った意味での決意に表情が歪む。
「アイちゃん……大丈夫だよね」
「――あなたが大丈夫ですか?」
他のハンターは聞こえなかったようだが、少女は聞きとがめたらしく、険しい表情でエックスを睨んだ。
エックスはそれを無視し、外へと極地基地に居るであろう仲間に思いを巡らす。
「到着まで、一分。各自、降下準備」
ハンター、少女、そしてエックス。
パイロットだけがなんの感情も思惑も無く、淡々と告げる。
真っ白な氷上は、広大なスケート場のよう。
ハチ型ヘリはイレギュラーの基地、極地基地の上空に迫る。
「――スタンバイ」
パイロットの言葉を皮切りに、ハンターたちは自身へロープを巻きつけた。
―2―
ハンターの最終目標である極地基地。
そのドーム中央に、一つの私室が築きあげらていた。
「む……む……駄目だ、これ」
ベッドしかない質素なその部屋で、小柄な少女が正面に鎮座する氷と格闘している。
「やっぱり……難しい……。もっと良い氷……どっかにないかな……」
世界樹を模した氷の陶芸を眺め、少女が首を振って嘆息した。
ドームの天窓から差す陽光が、少女の白い面と巨大な樹木の形をした氷を照らす。
「ユグドラシルを……我が手には……失敗。クワックワ……残念だな」
傍目から見れば、非の打つところが無い芸術の塊に見えるのだが、少女はお気に召さなかったらしい。
「へんしーん……ペンギン……ボディ……」
少女は、これもまた小さな腕を後頭部にかけ、メットを引き下ろした。
ペンギン型の頭部。
彼女こそが元第13極地部隊の特A級ハンター、アイシー・ペンギーゴ。
「ショットガン……アイス……ババんと……」
メットに生えた嘴が、ペンギーゴの声に呼応して開かれる。
圧縮する空気の音。
――嘴の中には、銃口ととれるものが備えられていた。
銃口は、今しがたまで作成されいた世界樹に――
巨大な氷の芸術は、不思議な射出音と同時にバラバラとなって砕けた。
「芸術は……爆発……。火は……嫌いだけどね……」
キラキラと舞う氷の破片を視界に捉え続け、ペンギーゴは満足そうに頷く。
満足し、新たな陶芸をしようかと思案したペンギーゴに、音声だけの通信が入った。
「……何か? 残念だけど……わたし……多忙」
ペンギーゴは面倒臭そうに、それを受信する。
「黙るんだぞう!! 馬鹿ペンギン、オデは何度も通信したんだぞう!! なんで、通信にでねぇ!?」
通信先から、火山の噴火を思わす怒声が貫いた。
直ぐにその声の主が解り、ペンギーゴは顔をしかめる。
「なんだ……馬鹿ゾウか。切るよ……」
本当に嫌なのか、渋い顔したままペンギーゴは通信を切ろうとした。
「おめぇ、なめてるなぁ!? もう許さねぇ!! 絶対に丸焼きだ!! 全焼!! 全焼させてやるぞう!!」
それを挑発と取った声の主は、更に声を荒げ、怒涛の勢いで怒鳴りつける。
「やかましい……。みみ……痛いよ」
ペンギーゴは両耳を押さ、怒声に耐えた。
「丸焼きだ!! ペンギン型のレプリロイドは、まだ燃やした事がねぇ!! 必ず燃やしてやるんだぞう!!」
「うるさい……戦闘狂……。用件を……はやく……言え……」
話が進ま上に鼓膜が破れそうになるので、ペンギーゴは仕方なく用件を促した。
「ゾウの……性癖は……理解……したよ? 早く……言って……ついでに……死んで。みんな……幸せに……なれる」
「お、おう!! そうだった!! ボスからの伝言が、オマエにあったんだ!!」
声は怒りから、反転。通信の相手は最初の用件に気付き、大声を出すのを止める。
「…………んー?」
「ハンターが、オマエが居る基地に向かってるそうだ!! オデは、ボスにペンギンに警告するように言われたんだぞう!!」
大音量の報告と同時に、基地外部に設置された侵入者用の警報機が警告音を鳴らした。
――壁にかけられる画面からは、ヘリコプターが接近しているとの表示がされている。
「……おせぇ。本当に……役に立たない……ゾウ」
ペンギーゴはため息を吐き、無線の隣に設置されたマイクで基地内部に警戒するよう命を下した。
「ああん!!?? なんか言ったかぁ、おめぇ!!!!! オデを馬鹿にしたのは解ったんだぞう!!」
「切る……ね……。早めに………永眠する事を……お勧めするよ。氷の価値は……お前の……体重より……重い……」
言いざま、ペンギーゴは騒音を断ち切った。
―3―
空高くホバリングするヘリから、ロープを手に次々に降下するハンター達。
中央に基地が位置する氷原に、エックス達は降り立った。
「いよいよか。油断一つで命が無くなると思え。基地のボスが、元特Aハンターだった事を忘れるなよ」
ハンターの隊長格であるレプリロイドが、先んじて前進する。
残りのハンターがそれに追随した。
エックスは遅れて、自分の足取りで基地へと向かう。
基地へと向かう道中。
基地までの距離にして半分という所で、隊長が待ったをかけた。
「……隊長? どうかしましたか?」
ハンターの一人が尋ねる。しかし、隊長は微動だにせず待機し続けた。
「隊長?」
「しっ! ……何か音が」
ハンターの隊長が聴覚のレベルを上げ、周囲の音を拾おうとする。
「これは……?」
隊長がその?音?を発生させる存在に気付く前に、エックスは舌打ちして後ろへ跳び退がった。
――次の瞬間、ハンター達が固まっていた場所へ大量のエネルギー弾が強襲する。
事態に着いていけないハンターの一人が弾丸の嵐に晒され、頭部と身体に内包した機器をばら撒きながら絶命した。
氷の上に、真紅が混ざる。
頭を失くしたハンターが崩れ、己から飛び出す血潮を押し倒した。
右隣のハンターも反応できずにエネルギーの直撃を受け、隣の同僚と同じ運命を辿る。
他のハンターも、腕やら肩に着弾し、うめき声を上げながら吹き飛んだ。
「こいつら……!」
エックスの反応より若干遅れて、横手の氷壁に逃げ込んだ隊長が悔しげに呻いた。
生き残ったハンター達の視線の先には、スケートブーツと軍用のエネルギー短機関銃を装備したレプリロイド達が、なめらかな滑りでこちらに迫る。
緩やかながら精細を放つ滑りを以て、ハンターに肉薄する敵はどこかユーモアを誘った。
音というのは、ブーツに備えられたエッジが氷を削る音だ。
敵のスケートを、悠然と見てる必要は無い――
手にした短機関銃を放ちながら、高速で移動するイレギュラーへ、エックスは無造作にバスターを放つ。
バスターは氷雪仕様のレプリロイドの脚部に着弾し、彼はもんどりを打って転倒した。
彼は立ち上がる事無く、続くバスターに撃ち抜かれる。
お互いの間合いまで、急接近するイレギュラー。
イレギュラー達は危険も省みず、至近距離で引き金を引きまくった。大きく広がる弾幕が、エックスの目前に迫る。
エックスは横に飛んでそれを回避し、身体を宙に投げながら射撃した。
三度放たれたバスターは、イレギュラーの胸部に炸裂。後ろに吹き飛びながら爆発し、氷原を赤く輝かせる。
二発目、三発目はその周囲にいたイレギュラーを貫き、まとめて爆散へと導いた。
「やるな、ハンター!」
その横手のイレギュラーが短機関銃を捨て、腰のポーチから肉厚のあるブレードを引き抜く。
バスターを放った体勢のエックスへ接近し、手にするナイフを横に薙いだ。
エックスは首をかしげ、鼻先を掠めるそれを見送った。
お返しに、たたらを踏んだイレギュラーの頭部へバスターを浴びせる。
メットを被った頭部が柘榴のように弾け、火花を散らす首から下が地面に倒れた。
彼で最後のイレギュラーだったらしく、他に攻撃を仕掛けてくる者は居なくなった。
寒々しいまでの静けさが戻る。
「くそっ……! 基地に着く前に、これほどの被害を出すとはな」
罵声を吐く隊長の足元には、襲撃によって破壊されたハンター達が氷の上に沈んでいた。
「負傷した奴も加味すると、これ以上の進撃は無謀すぎるな」
隊長は項垂れ、仲間の死体の傍に座り込んだ。
その横で震える少女のハンターは、幸運に無傷だったらしい。
目の前にある悲劇。――だが、エックスは仲間の死に、どこか無頓着だった。
……知らない相手だから?
AIを貫いた声に、エックスは忌々しいとばかりに頭を振り、その声を打ち消す。
「あなた方は、待機していれば良い。ボクは、基地に向かいます」
「……何だと? 正気か、エックス」
「ちょっとした私用があるんです。――行っても?」
目線を上げ、少年の顔を見つめる隊長は信じられないという顔をした。
「自殺行為だ」
あまりの無謀さに笑うしかない――隊長の口元は極限状態故か、乾いた笑みに象る。
「……では、失礼」
隊長の笑みを気にせず、エックスは言葉短く言い捨て、だんだんと輪郭を大きくする基地へと向かった。
―4―
「氷は……世界に……存在するもので……一番……美しい……」
ペンギーゴは私室を埋める氷を一つ一つずつ手に取り、どこか寂寥を感じる視線を送る。
「でも……同じく……美しいものを……知ってしまった……」
小さな手に握られる氷が、突如砕けた。
ダイヤモンドの破片を思わせる氷の欠片が、花火のように舞い散る。
「それは……生きる……者の…………」
常時、暗く沈んでいるペンギーゴの顔が歪んだ。
「………死」
その顔は、ヴァヴァなどが持つ狂気の笑み。
行き着くところに行き着いてしまった、異端の笑顔。 ――幼い姿をしていても、彼女はイレギュラーなのだ。
「……だから、美しき死を美しい氷の棺で閉じ込める」
ペンギーゴの頬が上気し、青く澄んだ瞳が興奮に揺れる。
「……これが、わたしの芸術。芸術への探究心の果て……」
彼女は、両手を陽光が眩しい天井に掲げた。
祈るように。
――何かに、祈るように。
「これは、わたしの中にあるバグ? 狂気? 解らないけど……」
自問しながら、ペンギーゴは小首を傾げる。
「エックスの死が……私は欲しいな……」
彼女は、監視カメラに映る青く優しいレプリロイドに、薄く微笑んだ。
―5―
外部と極地基地を繋ぐ巨大なゲートは、とても分厚い。
エックスは警戒もせず歩み寄り、ゲートに向けバスターを突き出した。
「大丈夫……きっと、大丈夫」
呟き、バスターに力を込めた。拡散、そして銃口に収束する光の粒子。
バスターのエネルギーは最大まで高められ――エックスがそれを解放する。
太陽エネルギーから作られた強力なチャージショットは、唸りを上げてゲートの中央に着弾した。
一瞬、周囲の空間全体が歪められ、射線上の全ての物が破砕させられた。
ゲートに巨大な風穴が開き、基地内部へ侵入する道を作りあげる。
エックスは一人頷き、大穴から中へと進んだ。
雪と同じ色をした、廊下が続く基地内部。
エックスはゆっくりと前進し、基地の中に存在するドームへ。
「侵入者を確認。――警告します。ここはハンターに属する極地部隊の基地です。直ちに、退去しなさい」
しかし、当然ながら、イレギュラーもエックスを只では進ませないようだ。
「ボクは、アイちゃんに用があるんです……。邪魔しないで」
不機嫌な顔をするエックスに、盾と拳銃で武装した数名のレプリロイドが立ちはだかった。
「攻撃的反応を確認。ハンターの権利に準じ、あなたを排除します」
一番前に位置したイレギュラーが、警告もそこそこにエックスへ肩から突進する。
ジョーシリーズの恩恵を受けた強化盾ごとエックスに体当たりし、青いボディを吹き飛ばそうとする。
「邪魔をするなと言ってるでしょう!」
エックスは、体当たりの寸前に射撃した。
全てを跳ね返すはずの盾を紙のように引き裂き、イレギュラーのボディにも着弾する。
解体しながら舞うジョーを尻目に、エックスは前方で隊列を組むイレギュラー達に疾走した。
放たれるバスター。
同じく、ジョー達は太陽エネルギーに蹂躙される。
突き進みながら、銃撃するエックス。その突進を止める事が出来ずに、破壊されるイレギュラー達。
「どいて!」
身体の半分を盾で覆い、腕だけを出してエネルギー弾を放つジョーの一人が、上半身を消失させられた。
消去されたジョーの後方にいたイレギュラーが壁を蹴り、エックスの死角まで飛び上がると同時に、盾による殴打を放つ。
鈍いを纏った一撃はエックスの頭部に向かったが、到達する前にジョーの方が吹き飛び、身近な壁へと激突した。
エックスの鋭い回し蹴りが、それを成したのだ。
「いい加減にしてください!! ボクは、アイちゃんと話し合いがしたいだけなのに!」
エックスの叫びが、続いて向かってくるイレギュラーのメットにぶつかった。
だが、ジョーの進行は止まらない。
彼らは黙々と前進し、一つしかない瞳を輝かせて銃撃する。
「どうして……」
意図せず、エックスの口からど声が漏れた。
エックスはやりきれない思いに苦悩しつつ、バスターを放ち続ける。
――前進しながらの攻防。
どのくらい戦ったのだろうか。
真っ白だった廊下は大量の弾痕と撒き散らされたオイル、そしてイレギュラーの死体でひどく汚れていた。
隊長の私室――作戦司令室を設えたドームへ向かう長い廊下も、終わりが近づいている。
これまでに談話室や通信室、娯楽室などの軍事基地によくある設備を見かけたが、どれもエックスの興味を誘うものは無かった。
同僚と過ごした過去への残滓を求めているのか――エックスの瞳には、ドームへの扉しか映らない。
回転式ハッチが付けられた鋼鉄の扉が、気圧の圧縮と思われる音と共に開かれる。
一気にひらける視界。
スケートリンク場のような広さを備えたアイシー・ペンギーゴの部屋が、エックスの目の前に現れた。
「アイちゃん……?」
エックスはどこか恐縮するように、彼女の名を呼んだ。
「……よくきたね」
子供のように身体を小さくしたエックスへ、暗く沈んだ声がかけられる。
陰鬱な声だ。
だが、その声と懐かしさ――そして続いて現れたペンギーゴの姿にエックスは涙が出そうになった。
「ア、アイちゃん……。ボクね、ボク――」
気丈にも滲み出た涙を拳で拭き、エックスは自分の目的を伝えようと駆け寄った。
「良い……手際だけど……それは……ここまで」
そのエックスを、ペンギーゴの言葉が縫いとめる。
エックスはギョッとした表情をし、彼女の言葉の冷たさに、歩むのを止めざるをえなかった。
「ア、イ……ちゃ……ん」
声を震わせ、身体を震わせ、エックスは愕然とペンギーゴを見やる。
「この基地を……やすやすと……あけわたす……わけには………いかないよ?」
仁王立ちするペンギーゴは、エックスの反応など介せず、そう宣言した。
『元第13極地部隊所属特A級ハンター、アイシー・ペンギーゴを確認』
エックスの希望は無残にも、握り潰された氷のように砕け散った。
―6―
エックスとペンギーゴの出会いは、微笑ましいものではなかった。
「えーと……な、なんて、呼べばいいかな?」
「…………は?」
「な、名前だよ、名前」
「言ってる……意味が……いっさい……解らない……」
「だ、だって仲間でしょ? その、あの、仲良く……したい……したくないかな?」
「メンテ……受けたら? AIに……問題が……あるよ……」
よくある光景。ハンター同士の殺伐とした応酬。
「…………どうして?」
「ど、どうしてって、危なかったからだよ。あんな砲火の下で、無茶な……」
無下に扱われないとしたら、そこは死と隣り合わせの戦場だろう。
そこでなら、連携のため任務のため、同僚としての反応が得られる。
「かばう……意味が……解らない……。わたし……寒冷地用。――装甲……おまえより……分厚いよ?」
「うぅー、解ってたけどさぁ……」
エックスはどこでも彼女を気にかけていた。
「だったら……なんで……」
「気付いたら、飛び出してたの!! 女の子が、もう無茶な事しないで! うぅー」
「おん……な……の……こ?」
世界は、とてもではないが平和ではなかった。
「おい……。なまえ……なんとでも……よべ」
「名前? あ、あぁ……。――え!? ほんとに!?」
「……お好きに」
「嬉しいな。んー……じゃぁ、ペンちゃん? 可愛くないかな?」
「死んで……しまえ……」
「ご、ごめんなさい!! えー、えー、えっと、えっと、何だろ。あ、あ、あ……アイちゃん。アイちゃんはどうかな?」
「理由……のべて……」
「り、理由!? えー、えーと、アイシーを略した……から?」
「略す……意味が……解らない。…………処刑」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! え、えっとね、えー、えーと。あ、愛らしいから? ね? その、か、可愛いし……」
「………………」
「す、すいません! ご、ごめんなさい! ……ほんとに、ごめんね?」
「馬鹿……でしょ……お前……。でも……でも……うん」
「どうも……エックス」
それでも愛情や、友情は抱かれる。――それが人間でも、機械の身だとしても。
―7―
「アイちゃん……ボクは戦いに来たんじゃない!」
『無線の回路が故障していました。自動修復により、現在から使用可能』
私室の壇上から、ペンギーゴがドームに降り立つ。
エックスは悲痛な声を上げながらも、身構えた。
暗く幼い少女の顔を覆うように、ペンギーゴのメットが下がる。
『アイシー・ペンギーゴの武装データが不十分です。氷塊による遠距離攻撃が判明していますが、他は不明です』
「やめて! アイちゃん!!」
『様々な状況に対応できるよう、注意を怠らないで下さい』
エックスが叫ぶ。
彼は手を突き出し、ペンギーゴを抱きしめようとした。
そして、奇妙な音ともに氷の塊を打ち出される。
エックスは慌てて身を捻り、寸前で回避した。
今しがた居た場所が、ショットガンアイスによって抉り取られる。
更にエックスは地へ飛び込む形で横転して、連続して発射される氷塊を避けた。
ただの氷だが、亜音速に匹敵するスピードで射出されれば、その存在は脅威だ。
避けつつも、一度立ち上がり、エックスは近くにあったドームの支柱を確認した。
頭の脇を凄まじい音を立てて氷が通過するのを無視し、支柱に逃げ込んでそこを背にした。
「くっ! アイちゃん!!」
柱から少しだけ顔を出し、射撃するのを止めないペンギーゴを伺う。
直ぐに頭をひっこめるエックス。
次の瞬間、ドームを支える支柱の端が砕け散った。
「どうして、ボク達が戦うのさ!?」
支柱から飛び出し、ドームを駆けるエックス。
無論、戦術的に有利なポジションを探すのではなく、回避に専念してるだけだ。 彼には戦う意思が無かった。
走るエックスの足元を追うように、ショットガンアイスが列を成して炸裂する。
「どうしてなんだ! どうしてこんな事に!!」
エックスは真正面にある壁を蹴り、高みへと逃走した。
だが、壁を蹴る動作が唐突に止まる。
エックスの頭上――ドームの天井に一抱えほどの胴回りを持つ氷柱が、いくつも屹立している事に気付いたからだ。
ペンギーゴのメットから除く口元が笑みを浮かべる。
そして、彼女は地面を力いっぱい踏みしめた。
ドーム全体に響き渡る轟音。
まるでシャンデリアのような氷柱が、死の抱擁をするべくエックスに向かって落下する。
逃げ切れずに巻き込まれ、エックスは氷柱と仲良く地面へ叩きつけられた。
決して軽くはない重量と衝撃に、エックスが呻く。
それでも身体に鞭打ち、彼は立ち上がろうとした。
少年の頑張りを賞賛したのは、宝石のような氷塊。
立ち上がるエックスの腹部にぶち当たり、慣性の法則にしたがって壁へと吹き飛んだ。
『様々―状―況に対応―き―よう、注―を怠らな―で下―さい』
今ので無線が壊れたのか、咎めるような警告は途切れ途切れに受信された。
「ア、イ……ちゃん」
「戦わなきゃ…………死ぬよ? 良いの……?」
ペンギーゴが質問しながらも、ショットガンアイスを放つ。
それは、エックスの目前で炸裂。
外したと思いきや、着弾の瞬間に氷塊が爆散した。散弾銃の要領で、5つ氷の破片がエックスに突き刺さる。
「どうして……さ……」
血まみれのエックスは掠れる声で、疑問を搾り出した。彼に怒りなどなく、ただただ悲しかった。
「見て……エックス……」
それに応え、ペンギーゴは地面をまた踏みしめた。
轟音。
しかし、今度は氷柱の落下ではなく、ドーム中央に巨大な氷の塊が地面から突き出る。
「わたしの……芸術……」
顔を上げるエックス。
少年は、記念碑もしくは棺桶のような巨大な氷塊を見た。
「…………あ」
氷の墓石には、第13極地部隊の面々が封じ込められていた。 みな苦悶の表情を固められ、もがく体勢のまま動かない。
『生体―応は確認―きません。全―すでに―機能―止し―いま―』
「…………綺麗でしょ」
更に目を凝らすと、エックスと共に来たハンター達までもが、氷墓の死者として眠っていた。
「待機して……たん……じゃ……なかったの?」
「エックスの……仲間……? エックスが……来るまで……暇……だったから。――だから……ね」
悪びれるふうも無く、ペンギーゴは淡々と告げる。
死者には、あの少女のハンターも含まれていた。
エックスはそれを見て、彼女の死よりもペンギーゴが、それを成した事が信じれなかった。
「こんな酷い事をするなんて……! アイちゃんじゃないよ!!」
「そう……だね……」
意外にも、エックスの言葉にペンギーゴは同意した。
「でも……ね。エックスが……知ってるのは……昔の……わたし」
ペンギーゴはエックスの襟首を掴むと、氷塊の墓石まで引きずる。
「今の……わたしは……エックスの……しらない………わたし」
自嘲するように呟き、倒れ伏すエックスの顔の前にしゃがみ込むと、自分の顔を近づけた。
少年の鼻先で、幼い顔が停止する。
その白い面には、どこまでも暗い微笑があった。雪の白さを強調するほどの暗い笑みだ。
こっから欝かぁ……
96 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/25(水) 21:53:39.51 ID:V7tjqA310「会えるまで、長かった……ね」
メットを引き上げた、ペンギーゴの瞳には暗く冷たい絶望が揺らめいている。
「アイ……ちゃん?」
「……生物の死が美しいなんて、知りたくなかった」
唐突に、ポツリと、本当に小さくポツリと彼女は呟いた。
「エックスと……会えなかった……間……」
呟きから、声色はどろどろとしたヘドロのように絡みつく声となる。
エックスが不穏な予兆を感じ取り、怯えるように身体を竦めた。
「何があったかを……教えてあげる……」
これが冗談で済めば、どんなに少年は安堵しただろう。
そしてどんなに感謝しただろう。
だが、感謝する相手は、とりあえずこの世界にはいない。
Wowzio
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